すべては 自分が氷河を甦らせてしまったせいなのだと、瞬は思った――瞬は そう思わないわけにはいかなかったのである。
アンドロメダ座の聖闘士の軽率な振舞いのせいで、氷河は 彼が戦うべきでない人と戦わなければならなくなり、その人を倒してしまった――命を奪うことになった――のだと。
もし天秤宮で、自分が氷河を甦らせなければ、氷河は 自らを罪びとだと思うことなく生きていられたのかもしれない。
自分を愛してくれた者たちの命を、己れの手で奪った悲しみも苦しみも背負わずに済んだのかもしれない。
氷河が仲間を傷付けることも、仲間に殺されたいなどという悲しい願いを抱くこともなかったのかもしれない。

もちろん、すべては、『そうだったのかもしれない』――仮定形である。
そして、瞬が氷河を甦らせ 彼を戦いの場に引き戻したことは、紛れもない事実――現実だった。
だから――だから 瞬は、時の神 クロノスの許に向かったのである。
たとえ兄を傷付けられても、氷河の命を奪うことなど思いもよらない。
そんなことができるわけがない。
氷河の命は氷河のもの、瞬の命ではないのだ。
「時の神 クロノス。僕を十二宮の戦いの日に戻して」
既に起こってしまった現実を変えようと思ったら、彼に頼るしかなかった。

時を支配するという絶大な力を持つがゆえに、真剣に生きることをしない神。
限られた命をしか持たないがゆえに一日一日 一瞬一瞬を懸命に生きるしかない人間を侮り、妬み、その真摯な生きざまを嘲笑う神。
瞬が察し 期待していた通り、彼はアンドロメダ瞬という卑小な人間の必死な足掻きを面白がってくれた。
そして、自分の人生への瞬の抵抗を もっと楽しむために、瞬の願いをきいてくれた。
「よかろう。天秤宮でいいのか」
「いいえ、宝瓶宮へ」
「宝瓶宮? なぜだ。キグナスを甦らせるのをやめるのではないのか」
クロノスの怪訝そうな声を、瞬もまた奇異の念を抱きながら聞いたのである。

「そんなことを あなたが許すとは思えないけど。氷河は十二宮で死すべきではない人間。僕が そんなことをしてしまったら、困るのは あなたでしょう」
「歴史を修復するために、あれこれ手間取ることは確かだが。キグナスが倒すはずの者たちを 誰に倒させるかを考えなければならないからな」
「親切な あなたに そんな迷惑をかけるつもりはないよ。それに 僕は――僕は、氷河に生きていてほしいから」
「では どうするのだ」
「それを教えてしまったら、あなたの楽しみが半減するでしょう」
「それもそうだ」

これから面白い見世物が始まると クロノスに思わせることが、時の神に その力を使わせる最高の動機。
“清らか”な瞬の懸命な狡猾が、クロノスには楽しくてならないらしい。
彼は 愉快でたまらないと言いたげな笑い声を時の深淵の中に響かせて、瞬を あの運命の日に運んでくれたのだった。






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