「黄金聖闘士はみんな 恐いのか」
って訊いたら、おやっさんは、それは自分の目で確かめろと答えてきた。
聖域の宮はすべて、これから順次 修繕することになるだろうから、そのうち 俺は それぞれの宮を守護する黄金聖闘士たちに会うことになるだろうと。
自分の目で確かめるんでOKってことは、アクエリアスの氷河以外の黄金聖闘士は 事前に傾向と対策を練っておかなくても大丈夫な人たちだってこと、アクエリアスの氷河が いちばん恐いってことか。

それにしても、全部の宮で修繕が必要とは。
それくらい 聖域の各宮は これまでのバトルのせいで ガタがきてるってことか。
いったい そこでは どんな戦いが繰り広げられたんだろう。
ま、何にしたって、仕事が たくさんあるのはいいことだ。
なんてったって、解雇の可能性が減る。
俺は、別に聖闘士になりたくて聖域に来たわけじゃない。
聖闘士になれば いろいろな特権が与えられるそうだから、なれるものならなりたいと思わないでもないけど、大事なのは 仕事があって 給金がもらえること。
俺が聖域に来たのは、あくまで金目当てだ。

ギリシャは観光業で成り立っているような国で、観光資源が豊富。
あくせくしなくても 勝手に観光客がやってきて 金を落としていってくれるから、基本的に国民性がのんきで――つまり、勤勉じゃない。
今までは それでやってこれたけど、その つけがたまって、今ではギリシャの国家財政は危機的状況にある。
特に ここ数年間はひどい。

その点、聖域は、超法規的国際機関みたいなもんで、ギリシャの そういう事情からは超越している。
というより、無関係。
その上、どういう事情があるのかは知らないが、聖域に対して、日本の某大企業が ほとんど無限といっていい援助をしてくれてるんだそうだ。
つまり、聖域は、確実で安定した給金がもらえる超優良な就職先ってこと。
といっても、聖域は公に求人を出してるわけじゃないし、俺が聖域の存在を知ったのも、偶然のことなんだけどな。

俺は、最高級白大理石タソスホワイトの産地として有名なタソス島に生まれた。
タソス島は、大きくもなく 小さくもなく、エーゲ海では ごく普通の――むしろ、ありふれた島だ。
俺の親父は大理石の採掘場で働いてたんだが、俺が10歳の時に 石切り場の事故で亡くなった。
親父が亡くなってからは、母さんが 屑大理石の加工の仕事をして、女手一つで俺を育ててくれたんだ。
だから、大理石の採掘現場は、ガキの頃から 俺の遊び場で、両親の仕事場だった。
でも、親父が死んでから3年後、また発破の事故が起こって――そこで遊んでた俺を庇って、母さんが目を怪我した。
角膜損傷、完全失明。
母さんは、これまで通りに働くことができなくなった。
俺は それからは、働けなくなった母さんの代わりに、学校にも行かず、歳を偽って、それまで遊び場にしてた大理石の採掘場で働くようになったんだ。
けど、何の技術もないガキの働きで得られる金なんて、たかが知れてる。
俺たちの生活は いつもかつかつで、食っていくのがやっと。

そんな時、俺は、聖域からタソス島に 白大理石を買い付けに来た おやっさんと知り合ったんだ。
俺の事情を聞いて、おやっさんは 聖域の求人の情報を洩らしてくれた
体力と運動能力に自信があるなら、聖域に来ないかって。
危険な職場だけど、実入りはいいぞって。
毎日 石を切り出して運ぶしか能のない俺でも、今の5、6倍の給金は確実。
石切り場で働く大人たちの給金に比べても3倍強。
俺は 即座に聖域行きを決意した。
目が見えない母さんを栄養失調で死なせることなんてできないって思ったから。

聖域は危険な職場で、命の保障はできないところだって、おやっさんには何度も言われた。
まあ、そうでもなかったら、熟練職人の3倍の給金を 10代のガキにくれるわけはないよな。
でも、命の保障も何も、こっちは今日 食うパンにも事欠いてるんだ。
明日 飢えて死ぬか、もしかしたら生き延びられる仕事に就くかって言われたら、誰だって 危険な仕事の方を選ぶだろう。
まして、俺の肩には、俺のせいで光を失ってしまった母さんの命がかかってるんだ。
たとえ危険な職場で俺が命を落としても、その時には 俺は 母さんに角膜を残してやれる。
母さんはまだ30代半ば。
親父を亡くしてからは苦労続きで やつれてるけど、まだ若くて綺麗だ。
目さえ見えるようになれば、いくらでも幸せになるチャンスはある。
つまり、聖域は、どう転んでも 俺には最高の職場だった。

俺は運が良かったんだろう。
聖域は ちょうど人手が足りてない時期で、多分、おやっさんが 採用の責任者に 口を利いてくれたのもあるんだろうけど、俺は無事に聖域に もぐり込むことができたんだ。
それでも、俺が聖域に入ることが許されたのは奇跡だって、おやっさんは言ってた。
聖域は、紹介と信用が――つまりコネが――物を言う世界。
その存在を公にしてないから、何より 秘密を守れる人間であることが重要。
コネがなくても聖域に入れるのは、聖闘士になって地上の平和を守りたいっていう強い気持ちが認められた若い男女だけ。
てことは、俺は――金が欲しいっていう強い気持ち(?)が認められたんだろうか。
俺は、金のためなら どんな つらい仕事でもするって言って、なぜか それが通ったんだ。
仕事をせずに、聖闘士になるための修行だけをしててもいいって言われたけど、俺は どうせ相場以上の給金をもらうのなら、仕事らしい仕事をしたかったからな。
それに 俺は、おやっさんと一緒に、おやっさんと同じ仕事をしたかったんだ。

そりゃあ、聖闘士になれたら それも悪くはないけど、聖闘士なんて、なろうと思ってなれるもんじゃないだろう。
今の黄金聖闘士たちだって、まだ10代。
俺と大差ない歳なんだぞ。
10代で叩き上げ――って、普通の世界のことじゃない。
俺なんか、とても無理。
非エリートコースだの、ヒラからの叩き上げだのといったって、それは天才じゃないってだけで、やっぱり 並み以上の才能に恵まれてなきゃ、聖闘士なんてものにはなれないだろう。
俺にいわせれば、聖域で聖闘士になるための修行をしてる奴等は、たまたま手に入れた1枚の宝くじに自分の人生を賭けている奴等――そんな夢を見ることができる幸福な人間だ。
俺には そんな夢を見ている余裕はない。






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