ブルーアンバー ――“青い琥珀”と呼ばれる宝石を知っていますか。 普段は透き通った金色――蜂蜜色の石なのですが、太陽の光を受けると青く輝く不思議な石です。 昔々、この世界の北方にブルーアンバー ――“青い琥珀”という名の国がありました。 その国がブルーアンバーと呼ばれるようになったのは、その国の建国の祖が、まさに青い琥珀のような姿をした英雄だったからです。 今は、地上世界は人間が治めていますね。 それ以前の地上世界は、人間の王が いることはいましたが、その王に王としての権利を与えるのは、天上界に住まう神々でした。 そのことは、皆さんも ご存じでしょう。 でも、それより更に昔。 その頃は、神々に匹敵する力を有する者たち――巨人族――が存在し、彼等は 長いこと、世界の支配権を神々と争っていたのです。 神々の力に拮抗する力を持った巨人族は、人間の住む地上世界だけでなく、神々の住まう天上世界にまで その力を及ぼそうとするほど強大な力を有する一族でした。 巨人族は、その巨大な体躯のせいもあったでしょうが、往々にして粗野で乱暴。 神々の力をもってしても、彼等を抑えることは容易なことではありませんでした。 なにしろ、風の神が ちょっと強い風を送ったくらいでは、巨人は びくともしませんでしたから。 神々と巨人族が、世界の覇権をかけて戦った戦いをギガントマキアといいます。 ギガントマキアは、巨神族と神々が戦ったティタノマキア以来の、世界の存亡をかけた大きな戦いでした。 そして、その戦いに決着をつけたのは、神々でも巨人族でもなく、一人の人間の英雄だったのです。 神々と巨人族の戦いは 当初は一進一退で、なかなか決着がつきませんでした。 けれど、神々に味方する人間が現われたことで、長い凄惨なギガントマキアは ついに神々側の勝利に終わったのです。 ギガントマキアで神々に味方した人間の英雄は、陽光のような金色の髪と 晴れた空のような青い瞳の持ち主でした。 彼は、凶暴な巨人たちも 巨人たちが生み出した数々の怪物も、驚異的な力で次々に打ち倒し、神々に輝かしい勝利の栄光をもたらしたのです。 巨人族のような巨大な体躯も 神々のような特別な力も持たない人間が、どうして 神々にも倒すことのできない巨人や怪物たちを打ち倒すことができたのかと、皆さんは訝ることでしょう。 ですが、神と人間は違う存在。 人間は、神にも持ち得ない力――神の力とは違う力――を持っていて、それが巨人族には致命的なものだったのでしょう。おそらく。 実際はどうだったのか、それはもう あまりに昔のことすぎて、本当のところは わからないのです。 けれど、強くたくましい豪傑が、か弱く美しい女性の言いなりになることなんて、人間の世界でも よくあることではありませんか。 もしかしたら その英雄には、“人間は非力で、神々より巨人族より劣った存在であり、戦っても勝てるはずがない”という卑屈な思い込みがなかったのかもしれません。 彼には、神々のそれとは異なる勇気や知恵があったのかもしれません。 あるいは彼には 自分の命を捨てても守りたいと思う人がいて、その人を守るために必死だったのかもしれません。 神々と巨人族の戦いは、長引けば長引くほど人間世界を荒廃させ、最悪の場合には 人間世界そのものを破滅に導くほどのものだったでしょうから、彼は 彼の愛する人と 愛する人が生きる世界を守るために、普通の人間には発揮できない力を発揮したのかもしれません。 ともあれ、彼は、巨人族ではなく神々こそが 地上世界を治めるべき存在と考え、神々に味方したのです。 神々は、英雄の助力に感謝して、彼に 地上世界の半分を統治する王になる権利を与えました。 神々がなぜ 彼を地上世界すべての王にしなかったのか。 そこには、神々の深い考えがあった――あるいは、人間というものへの不信があったのかもしれません。 賢明で勇気ある英雄が いつまでも賢明で勇気ある英雄であり続けるとは限りません。 神々を崇める人間が いつまでも神々の従順な僕であるとは限りません。 そして、善良な人間が いつまでも善良な人間であり続けるとも限りませんからね。 人は――人の心は変わるものです。よい方にも、悪い方にも。 神々の真意はわかりませんが、そういう経緯で、地上世界の半分は ギガントマキアで神々に勝利をもたらした金髪碧眼の英雄が治め、残りの半分は 幾つもの小国に分かれて その土地で力を持つ人間たちが治めることになったのです。 そして、神々は そんな地上世界を天上から見守る。 ギガントマキア終結後、神々と金髪碧眼の英雄の間では、そういう約束が結ばれたのです。 神々は、人間世界の半分の支配権を その英雄と英雄の意を酌んだ者に与える約束の証として、彼に美しい青い琥珀を与え、それ以降、彼の治める国はブルーアンバー ――青い琥珀の国と呼ばれることになったのでした。 陽光の色をした宝石、太陽の光を受けると青く輝く石――ブルーアンバー。 それが彼の国の王の印。 ですから、ブルーアンバーの国の王は代々 金色の髪と青い瞳の持ち主。 王の血筋が途絶えた際には、国の中で 最も陽光に近い金色の髪と 最も青空に近い青色の瞳を持つ者が、次の王位に就く。 それが ブルーアンバー国の国是となりました。 そして、その国是は、ブルーアンバーの国に身分というものを形成することになったのです。 有事の際に王位に就くことになるかもしれない金髪碧眼の者が貴族、金髪だけ、もしくは碧眼だけを持つ者は準貴族、それ以外の者は平民。 親が貴族でも、金髪碧眼でない子供は平民となり、親の財はともかく、地位や身分を受け継ぐことはできません。 ブルーアンバーの国では、性別や肌の色、財産の多寡、職業等で人が差別されることはありません。 もちろん知能の優劣や腕力の有無等で、聡明な者と暗愚な者、強い者と弱い者といった区別はされるのですが、それは地位や身分とは次元の違うもの。 金髪碧眼でない者は、どんな才能を有していても、金髪碧眼の者より一段低く――いいえ、二段も三段も低く見られるのが常でした。 そういう社会では 貴族は貴族としか婚姻関係を結びませんから、ブルーアンバーの国の身分制度は 長い間 驚くほど厳密に維持継続されていました。 そんなブルーアンバーの国では、王の髪が黄金に輝けば輝くほど、その瞳が青ければ青いほど、国も繁栄すると信じられていましたから、代々の国王は 当然のごとく誰もが金髪碧眼でした。 そして、金髪碧眼の妻を迎えるのが慣例――むしろ義務――でした。 黒髪や茶色の髪の妻を迎えることが禁じられているわけではなかったのですが、そういう王妃が産む子供は金髪碧眼でないことが多かったため、国に災い――とは言わないまでも、停滞・衰退をもたらすのではないかと疑われ、王位を継ぐのにふさわしくないと思われてしまうのです。 ですから、たとえ国王が金髪碧眼でも、その王子が金髪碧眼でない時には、次の王位は 別の誰かに譲るのがブルーアンバーの国の慣例でした。 過去に、金髪碧眼でない王子が王位に就こうとした際、金髪碧眼の貴族たちが反乱を起こすという事態を招いたことが幾度かあったため、ブルーアンバーの国では、王が金髪碧眼であることはもちろん、王の伴侶や友人も 国政の重要な役職に就く者も金髪碧眼の者であることが望ましいとされるようになったのです。 金髪碧眼でない者が王位に就くこと、王の后になること、王の親しい友人になること、国政の重職に就くこと――は、ブルーアンバーの国の禁忌でした。 |