そういうわけで、翌日。
私は、ホンモノを一人 連れて、氷河の店を再訪した。
どうやら、例の女性客の間で決められた あのルールには例外があって、男や 男連れの女は優先的にカウンター席に着けることになってるらしい。
考えてみれば、それは当然のことよね。
あのルールは、要するに、氷河目当てで この店に通っている女性客たちが 互いの公平性を守り、互いを牽制するためのルール。
敵の抜け駆けを防ぐために制定したルールなんだもの。

ちなみに、ウチの嘱託調査員の岡田くんは、オネエタイプでもなく、マッチョタイプでもなく、一見したところでは ごく普通のサラリーマン。
ていうか、実際に普通のサラリーマンで、堅気の会社の総務部に勤めている。
ウチの会社の仕事は、勤務先の会社には秘密でやってる副業。
多いのよ、岡田くんみたいに一般企業の中に一般人の顔をして紛れ込んでるゲイって。
統計を取ったわけじゃないけど、おそらく 日本のゲイの9割は 一般企業に勤めている ごく普通のサラリーマンだと思うわ。

「どう?」
順番待ちをせずに座れたカウンター席。
私は、小声で岡田くんに訊いてみた。
岡田くんが、
「素晴らしく綺麗な男だ」
って、感嘆の溜め息を 私に返してくる。
そんなことは、改めて言われなくても わかってるって。
私が知りたいのは、そんな、誰にでもわかることじゃないの!
――と、私は声に出して言ったわけじゃないけど、時間とお金と労力の無駄使いが嫌いな私の性格を知ってる岡田くんは、私の求める情報を すぐに私に提出してきた。
「残念ながら、ゲイじゃないな。バイでもない」
そんな、本気で残念そうに言わなくても――。
こう言っちゃなんだけど、たとえ ほんとに彼がゲイだったとしても、氷河は岡田くんには高嶺の花だと思うわよ。

「それは確実?」
「人間全般に無関心なのかもしれないが、完全にノンケ。引きつけてるのは女ばかりだし」
「でも、ほら。ゲイって、女の子には安全だから、女の子が近付きやすいっていうのがあるじゃない。氷河も そうだっていう可能性は――」
「あの男を 安全な男だと思うか?」
言われて、私は一瞬 答えに詰まった。
それから、ちょっと長めの息をつく。
「まあ……彼は、危険が服を着てるみたいな男よね」
「だろ。女の子には いちばん危険なタイプだ。実際 危険だろうし」

私としては、頷くしかない。
でも、氷河が 女に興味を持っていない男に見えるのも事実なのよね。
女に興味なくて、恋人がいなくて、この色気って あり得るかしら。
遠距離恋愛の彼女がいる可能性――恋人が容易に会えないところにいるって可能性も考えたけど、たとえ そうだったとしても、これだけ大勢の女に毎日 群がられていたら、普通の男は ついふらふらと浮気したくならなるものだろうし――。
私の推察を披露したら、岡田くん曰く、
「もしそうなら、彼は その遠距離恋愛の彼女を、他の女が目に入らないくらい 愛しているんだろう」
だって。
その発想はなかったわ。
でも、それって、私にはいちばん信じ難い理由よ。
男が一人の女に操を立てて、他のすべての女の子を視界に入れていない?
まさか 冗談でしょ! って感じ。

昨今は、草食系男子とやらが もてはやされたり、問題視されたりしてるみたいだけど、ああいう輩は、単に勇気と自信がないだけの男よ。
草食だろうが雑食だろうが、男ってのは、女の方に積極的に出られると、安心して すぐ その気になる。
自分から動かずに済んで、基本的に受け身で待ってるだけだから、相手に振られて傷付くこともない。
肉食系の女――いわゆる 男にもてる女は、それを心得てるのよ。
男ってのは、機会があれば、簡単に流されるものだってことを。
他に彼女がいても、他の女の子に ちょっと積極的に迫られれば、男は安易にその誘惑に乗ってしまう。
私の昔の男もそうだった。

あいつは――私の失敗交際の相手は、私と同じ大学の(結構な難関大学よ)同期の学生だった。
だもんで私、当然 あいつも 私と同じように大学に入るまで 勉強一筋できた真面目学生だと信じ込んでた。
でも、あいつは 真面目だったんじゃなく、単に要領のいい男だったのよね。
勉強も、それ以外のことも。
そういう意味では、将来性のある男だったかもしれない。

とにかく そいつは、大学に入って、男慣れしていなさそうな馬鹿な女を一人(私のことよ)キープした。
で、テニスサークルの合コンで、他校の女の子にアプローチされたら、さっさと その子ともナカヨクなった。
しかも、三人!
慎重なんだか、手広いんだか、三人 それぞれ別の大学の女の子。
いったい どういうことかと問い詰めたら、あの大馬鹿野郎、私の性格がきつくて息苦しく感じてたとこに、他の女の子に優しくされて、その優しさに つい心を動かされてしまったんだとか何とか ほざいてくれた。
何が『その優しさに つい心を動かされてしまった』よ。
簡単に やらせてくれる女の子の方が楽だっただけでしょう。
優しい女の子がいいのなら、私と きっちり けじめをつけてから次にいけばいいのに、そんなことが四股かけてたことの言い訳になるかっつーの!

ふん。
おかげで、私は今や年商3億の会社の社長よ。
絵に描いたような男性不信になって、男が仕事の道具にしか見えなくなった。
あんな馬鹿な男に 軽く扱われたことへの怒りが、今の私を作ったのよ。
ああ、でも、そんなこと、もうどうでもいいわ。
おかげで いい勉強になったし、その苦い勉強によって得たものを、私は 自分の人生と社会に 活かせてるんだと思えば、腹も立たないもの。

でも――ううん、だからこそ、私は氷河の正体を暴きたい。
これだけ女に群がられて、食指を動かさない男なんて、この世にいるはずがない。
どんな美貌の持ち主でも、男は男。
氷河も馬鹿で阿呆で助平な男の一人、当然、氷河も女の敵のはず。
私は なんか意地になって――すごく意地になって――絶対 氷河の正体を白日のもとに さらけ出してやろうと決意して、それから 2日とおかずに 氷河の店に通い続けることになった。






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