そうして、瞬の いちばんの友だちの地位を確保するために 星矢がとった行動は、これまた瞠目に値するものだった。 星矢は、地上で最も清らかな魂の持ち主であるところの瞬に そんなことを訊くことはできないと言って、一度は放棄した確認方法を実行に移したのである。 夜中ではなく真昼間、氷河と瞬をラウンジに呼びつけ、証人として紫龍を脇に控えさせ、星矢は大きく はっきりした声で、瞬に その質問をぶつけていった。 「瞬。おまえ、氷河と寝てもいいと思うか?」 これ以上ないほど両の肩に力を入れ、気負い込んで問い質していった星矢に、 「平気だと思うけど」 いくら何でも あっさりしすぎだろうと言いたくなるような答えが、実に あっさりと返ってくる。 『打倒 氷河!』の気炎をあげ、瞬の“いちばん”の地位を死守すべく息巻いていた星矢は、瞬の答えの あまりの緊張感のなさに、一気に気が抜けてしまったのである。 瞬は正気で言っているのかと疑い、星矢の声は軟化した。 「おまえ、俺が言ってることの意味が ちゃんとわかってるのか? 可愛く お昼寝する話じゃないんだぞ。氷河は絶対 おまえの服を全部脱がして、あちこち触ってくるぞ。おまえ、それでも平気なのか?」 「平気だと思うけど……」 「それだけじゃなくて、ちょっと痛くされたりするかもしれない」 「氷河は、理由なく そんなことしないよ」 「そりゃまあ、理由はあるだろうけどさ」 「なら平気だよ。氷河は僕の友だちだもの」 「……」 瞬は それでも、氷河に向かう自分の心を恋ではないと思っているらしい――そう言い張るつもりらしい。 数分前までの星矢の勢いは、今や風前の灯――否、その灯は その時には既に消えてしまっていた。 「駄目だ……。瞬に恋を自覚させようなんて、土台 無理なことだったんだ……」 星矢は そう言った――そう言おうとしたらしい。 残念ながら、星矢の唇は そう言っているのに、肝心の声が生じていなかったが。 星矢が、歩くのもやっとという足取りで ラウンジのソファに移動し、その中に倒れ込む。 こうなれば もう、『瞬も こう言っていることだし、さっさと瞬を押し倒してしまえ』と氷河を けしかけるしかないのではないか。 そう 紫龍が思った時だった。 氷河が――今のところは瞬の“友だち”でしかない氷河が――ついに動き出したのは。 と言っても、氷河は その場で瞬を押し倒したわけではない。 彼は、持てる力を すべて使い果たしたかのようにソファに倒れ込んでしまった星矢の身を案じて 仲間の側に駆け寄ろうとしていた瞬の前に立ちはだかり、その両の肩を 自身の両手で がっしと掴んで、 「瞬。おまえは、俺に恋をしているんだ!」 と、有無を言わせぬ力強い声で堂々と宣言してのけたのだ。 「え?」 それは瞬には寝耳に水のこと(のはず)だった。 まるで睨みつけるように険しい顔で瞬を見下ろし 見詰める氷河の顔を、瞬が驚いたように見上げ 見詰める。 「でないと、俺はもう一生 おまえと会えない」 なぜ 一生 会えなくなるのかと、瞬に問われたら、氷河は どう答えるつもりなのか。 常識では考えられない瞬の非常識に、氷河は 自棄になっているのではないか。 紫龍(と星矢)は そう案じたのだが、瞬は 氷河に そんなことは訊かなかった。 瞬は、鬼気迫る迫力を見せる氷河に にっこり笑って、 「氷河が そう言うなら、そうに決まってるよね。へえ、そうだったんだ」 と、氷河の主張を またしても実にあっさり、全面的に受け入れてしまったのだ。 「しゅ……瞬。おまえは それでいいのか?」 瞬の真意を解しかねて、紫龍は 思わず 瞬に確認を入れてしまったのである。 紫龍の懸念をよそに、瞬は あっけらかんとしたものだった。 「だって、氷河が そう言ってるんだし」 「いや、しかし、こういうことは もっと慎重に……」 「紫龍、余計なことを言うな!」 瞬に慎重になられては困る氷河が、紫龍を怒鳴りつけてきたが、紫龍も ここで後に引くわけにはいかなかった。 軽率といっていいほどの瞬の素直さが、紫龍は(本音を言えば)恐かったのである。 結論は同じでも、もう少し何かを考えてから その結論に至ってほしい――ではないか。 それは紫龍の ささやかな願いだった。 紫龍の ささやかな その願いは、残念ながら叶えられなかったが。 否、瞬は、何も考えていないのではなく――瞬にとって それは 改めて考えるまでもないことだったらしい。 「氷河に一生 会えなかったら、寂しくて悲しいもの。僕、悲しくて寂しいのより、痛い方がいい」 「おまえがそう言うなら、俺には何も言えないが……」 「僕は、一生 氷河の側にいたいよ」 「そ……そうか」 瞬が、考えるまでもない 当りまえのことのように そう言うのである。 瞬でない人間に、何が言えるだろう。 もちろん、何も言えるはずがなかった。 紫龍にも、星矢にも、そして おそらく氷河にも。 |