さすがは一輝というべきか。
瞬に泣かれ慣れている瞬の兄は、自立宣言するなり 突然 大声をあげて泣き出した瞬に、全く動じた様子を見せなかった。
「泣くな」
と言葉では言いながら、泣きたいだけ泣かせて、泣き疲れるのを待つ。
今回の瞬の泣き方は いつもより長く激しかったので、一輝は 泣き疲れた瞬を そのまま眠らせることにしたらしい。
そうすることにして、実際 そうしてしまう一輝の手際のよさに、星矢と紫龍は いっそ感心してしまったのである。

瞬を子供たち用の寝室のベッドで寝かしつけると、一輝は 子供たち用の休憩室にいる星矢と紫龍の許に戻ってきた。
一輝は、瞬の嘘つき苦行の首尾を、陰で見守っていた二人の存在に気付いていたらしい。
険しい顔をした瞬の兄に、
「いったい、瞬はどうしたんだ」
と問われた二人は、瞬の兄に 瞬のことで隠し事をしても無駄だということを すぐに悟ったのである。
瞬は、兄にだけは、自分が嘘をつこうとしていることを知られたくないようだったが、はっきり口止めされていたわけでもなかったので、二人は 至極あっさり、一輝に これまでの経緯と事情を白状した。
一輝に 瞬のことで嘘をついても、どうせ見透かされる。
ならば さっさと事実を知らせてしまった方が 我が身の保全を図ることになると、彼等は判断したのだった。


「こぎつね座の神様? 瞬は夢でも見たのか」
「まあ、瞬が嘘つくはずないから、夢を 本当にあったことだって思い込んでるだけなんだろうけどさあ。瞬が あんまり真剣なもんで、俺たち、んなことはやめとけって言えなかったんだよ」
それでも『やめとけ』と言ってやるのが仲間だろう――という顔で、一輝が星矢と紫龍を睨みつけてくる。
が、星矢たちには幸いなことに、一輝の怒りは すぐに、瞬を止めてやらなかった二人の上から、瞬に嘘をつかせる原因であるところの氷河の方に、向きを変えてくれた。

「あんな毛唐のことは放っておけばいいのに。何がマーマに会いたいだ。母親の思い出なんて一つもない瞬に、よくも そんなことが言えたもんだ。しかも、嘘をつけだと !? 」
むかっ腹を抑えかねている様子で、一輝が毒づく。
一輝の立腹は 実に尤もなことだが、この騒ぎの責任を氷河に帰するのは 明確な誤りである。
星矢は、氷河を弁護した。
「でも、氷河が そうしろって瞬に言ったわけじゃないから」
この騒動の原因は何なのかと問われれば、それは瞬の優しさのせい――少々 傍迷惑な瞬の優しさのせいなのだ。

「どうせ、瞬に人を騙すなんて真似、できっこないんだから」
「それもこれも、おまえの教育が行き届きすぎているせいだ」
なだめているのか、煽っているのか。
褒めているのか、貶しているのか。
一輝は、星矢と紫龍の責任転嫁に 露骨に不快感を示したが、二人に対して 報復行動に出ることはしなかった。
なぜか氷河に対しても。
『あんな毛唐のことは放っておけ』と自分に言いきかせたのか、『氷河に非はない』という星矢の言い分を受け入れたのか。
おそらく前者なのに違いない――と、星矢たちは思ったのである。

そんな一輝たちのやりとりを、子供たち用の休憩室のドアの陰で、氷河が聞いていた。






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