俺と瞬の行く手を遮る障害物。
それは、俗世を捨てた修道士――にしては、やけに ぎらついて暑苦しい一人の男だった。
顔つきから、声から、身辺に まとっている空気まで、何もかもが攻撃的で好戦的で――身辺に まとっている空気?
これは小宇宙だ。
聖闘士か?
いや、まさか。
そもそも こいつがアテナの聖闘士なら、なぜ こいつは ここにいるんだ?

攻撃的で好戦的で暑苦しくて不快極まりない小宇宙。
俺は、かつて一度も、これほど不快な小宇宙に出会ったことはない。
これだけ不快な小宇宙なのに、邪悪の気配が感じられないということは、アテナは この国に俺の他にも聖闘士を送り込んでいたのか?
俺は、そんな話は聞いていないぞ。

「俺はアテナの――」
そんな話は聞いていないが――この不快な小宇宙と不快な顔の持ち主も アテナの聖闘士だというのなら、俺たちが ここで戦うことは無意味だ。
俺たちは――少なくとも俺は――穏便かつ秘密裡に任務を遂行するよう、アテナに厳命されている。
だから俺は、勝手に俺を敵認定して 攻撃的な小宇宙を燃やしている 不快な顔の男を 落ち着かせようとしたんだ。
だというのに。

「アテナの手先かっ!」
俺がアテナの名を口にしただけで、その男の攻撃的な小宇宙は 更に凶暴性を増した。
途轍もない勢いで燃え上がる憤怒の小宇宙。
いや、そんなことより。
アテナの聖闘士が、アテナの聖闘士を、アテナの手先呼ばわりするとは何事だ?
いったい何がどうなっているんだ。
俺が戸惑っている間にも、不快男の小宇宙は勢いを増していく。
この男、正気か。
ここをどこだと思っている。
畏れ多くも、俺の可愛い瞬の御寝所だぞ、御寝所!

「ちょ……ちょっと待て! 落ち着けっ」
「問答無用!」
本当に、何を言っているんだ、この男は!
この場面で『問答無用』はおかしいだろう、『問答無用』は。
俺たちは二人共、事情が全く わかっていないんだぞ!
「やめろ! ここで俺たちが戦ったら、他の修道士たちが気付く。女人禁制の国に 女を連れ込んでいたことが知れたら、困るのは貴様の方だろう!」
不快男に そう脅しをかけてから、俺は初めて その可能性に気付いたんだ。
俺の瞬を、ここに連れてきたのは この男なのか?
だとしたら、何のために?
そもそも この男は、俺の瞬の何なんだ!

俺の脳内に生まれた疑念の答えは、俺が言葉にして問う前に、不快男から与えられた。
「俺が女を連れ込んだ? 何を言っているんだ、貴様は。瞬は俺の弟だ」
という、とんでもない答えが。
弟?
本当に、この男は何を言っているんだ、さっきから。
弟というのは、同じ親の血を引く年少の男子のことだぞ。
瞬が男だとでも言うつもりか、この不快男。
こんなに綺麗で可愛いのに、こんなに不快で むさ苦しい男に弟呼ばわりされて、瞬の繊細な心は どれほど傷付いたことか。

それを案じて、瞬のいる寝台の方に視線を走らせた俺の恋心を、誰に責めることができるだろう。
責められるべきは、その一瞬の隙を衝いて、俺を渾身の力で殴り飛ばしてくれた不快男の方だ。
これだけの小宇宙を持ちながら、全く その小宇宙の力を用いず、腕力だけで。
この男、聖闘士じゃないのか?
壁に叩きつけられた身体の態勢を 即座に立て直した俺と 不快男の間に、瞬が割って入ってくる。
「兄さん、やめてっ! 氷河は悪い人じゃないのっ」
え? 兄さん?
「しかし、こいつは、アテナの手先なんだろう!」
何だ、その、まるでアテナが悪党のような物言いは。
清楚可憐とは言わないが、アテナは潔癖で美しい、地上世界と人類を守護する愛情深い(ということになっている)女神だぞ。

「兄さん、お願い。氷河に ひどいことしないで」
俺の可愛い瞬が、俺のために、実に可愛らしく、実に可愛らしいことを言う。
「しかし、こいつは アテナの手先だ!」
それに比して、瞬の兄を詐称している男には 全く可愛げがない。
「たとえ氷河がアテナの手先で、僕の命を奪いに来たのだとしても、兄さんの弟が むざむざ倒されるはずがないでしょう」
俺の可愛い瞬が、俺のために、実に可愛らしく、実に可愛らしいことを――えええええっ !?
い……今、瞬は何と言った !?
兄さんの弟?
それは どういう意味だ。
というか、瞬。
おまえが その身にまとっているものは何だ。
いや、その短く薄い夜着じゃなくて、ピンクの強大な――。


瞬は、これ以上 不快男に暴力を振るわせないために、俺の意識を奪うことにしたらしい。
瞬のピンク色の小宇宙が、瞬の心を 俺に教えてくれた。
小宇宙――身体が動かせない――息ができない――。
まさか、瞬も聖闘士なのか。
俺の可愛い瞬が、この不快男の弟?
その白く細い腕や脚が、男のそれ?
瞬。そんな冗談は やめてくれ――。

「氷河。しばらく眠ってて。すぐ、兄さんを落ち着かせるから」
崩れ落ちる俺の身体を、瞬が その腕で受けとめて――瞬の胸が 少女のそれでないことを、瞬に抱きとめられた俺は 自分の頬で感じ――気付き――。
色々なことが 衝撃的すぎて、俺はそのまま 瞬の胸の中で意識を失った。






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