一つだったものが二人に戻っても、二人が一つのものだった感覚は、なかなか瞬の中から消えてくれなかった。 指で氷河の肌に触れるだけで、そこから自分が氷河の中に溶けていってしまうような気がする。 これほど激しい交わりを交わって 満足していないはずはないのに、氷河と すっかり離れてしまうことができない。 男性生理として、それは奇妙なことなのだろうが、氷河も とりあえずの目的は果たしたはずなのに、瞬を 自身の側から遠ざけようとはしなかった。 「僕……氷河さ……氷河に会ったことがあるような気がする」 「ああ」 「氷河と こういうことするの、初めてじゃない」 『ような気がする』という言葉を、瞬は意識して口にしなかった。 確信できる。 絶対に、これが初めてではない。 これが初めてなのであれば、瞬の身体は その衝撃に驚いて 恐慌を起こし、快楽を感じる余裕など持てなかったはずだった。 「わかるのか」 「あの……僕の身体が馴染んでるの。氷河の――」 「性器に?」 「それもあるけど、手も指も舌も――愛撫の仕方も、熱っぽさも、ちゃんとコントロールしてあげないと、僕の身体が氷河に壊されてしまうことも、僕は知ってる」 「そんなに乱暴にしたつもりは……つもりはない」 事実と主観の間で迷ったらしい氷河が、嘘をつかないために 珍妙な弁解をしてくる。 氷河を責めるつもりはなかった瞬は、彼の胸に頬を摺り寄せた。 「でも、会った記憶がないの。そんなはずはないのに」 いったい これはどういう現象なのだろう。 身体は『憶えている』と言い張るのに、その記憶がない――のだ。 「そうだ。初めてじゃない。これほどの快楽を与えてくれる相手を 忘れられるはずがない。こんなに綺麗な目の持ち主を、俺が忘れるはずがない」 身体の向きを変えて、氷河が瞬の瞳を覗き込んでくる。 あれほど恐かった氷河の瞳が――その鋭さも冷たさも熱さも――瞬は今は まるで恐くなかった。 むしろ、可愛いと感じる。 あるいは、悲しいと感じる。 氷河はいつも――彼が心から愛することのできる人を求めている。 彼は、彼が生きていくために、それが どうしても必要なのだ。 ただ一人だけ、彼が 心から愛することのできる人が。 その人間に再び出会えた喜びで、氷河の心身は 収まりがつかなくなっているらしい。 再び“二人が一つになる”感覚を その手にしたいと訴える氷河の身体を、その視線を、瞬は退ける気にはなれなかった。 瞬も、それが欲しかったから。 同性に身体を貫かれて、『素敵』と喘いでいる自分が信じられない。 信じられないが、素敵なものは素敵なのだ。 そんなことで嘘をついても何にもならない。 正直者でいた方が、氷河も喜んでくれそうだったので、瞬は自分の心にも身体にも 正直でいることにしたのである。 だというのに。 「フレアさんっていうの、あの可愛い人」 だというのに、そういう遠回しな――直接的でない言葉で、氷河に彼女のことを尋ねてしまう自分は 正直な人間なのか。 瞬は、自身を疑っていた。 にもかかわらず、 「可愛いというのは、おまえのような人間のことを言う」 という言葉で、答えになっていない答えを返してくる氷河は、正直な人間なのだと信じることができてしまう。 決して うぬぼれているわけではなく――氷河が正直な男だということを、なぜか 瞬は知っていた。 「ジュネとかいったか、あの女」 その正直な氷河が苛立ちを隠さずに問うてくるのも、彼が正直だから。 「恋人なら、別れろ」 傲慢に そう命じてくるのも、彼が正直だから。 瞬には、すべてが わかっていた。 「そんなんじゃないよ。時々 食事するだけで」 「当たりまえだ。そうでなかったら、あの女、殺してやる」 憎々しげに そう告げる氷河は どこまでも正直で、だが、たとえそうだったとしても、氷河が その言葉を実行に移さないことも、瞬は知っていた。 氷河は、自分の愛する人のためになら、どんなことでもする人間なのだ。 愛する人のためになら、自分が苦しむことも あえてする。 愛する人の幸福のためになら、氷河は 愛する人から身を引くこともするだろう。 だから 瞬は、氷河に そんなことをさせずに済んでよかったと、心の底から思ったのである。 |