睡眠は あまりとれていないのだが、心身の充足が疲労を凌駕して、疲れは感じない。 むしろ この2ヶ月間の どの日より、どの時間より、充実している。 となると、さしあたっての問題は、社会人としての営み――つまり、瞬の医師としての仕事だった。 瞬は、今日は 外来診察業務はないのだが、午後から各診療科や健診センターから まわってくるデータの総合評価業務の予定が入っていたのだ。 『行くな』と駄々をこねる氷河を、『1分でも早く帰ってくるようにするから』となだめて、何とかマンションの部屋を出た瞬は、社会人というものは何と不便なものかと思いながら 病院に向かった。 データ解析と評価業務が いつもより効率的に片付いていったのは、少しでも気を緩めると 氷河とのことを思い出してしまいそうになる自分に活を入れ続けたために、恐ろしく集中力が研ぎ澄まされたから。 決して、1秒でも早く 氷河の許に戻りたいと、気が急いたからではなかった。 ともあれ、常以上の速さと精確さで その日の分の業務をこなし、日が落ちる前に、瞬は病院を出ることができたのである。 その職員通用門の前に、瞬は、思いがけない人の姿を見い出すことになった。 「随分と急いでいるようだが、何か予定でも入っているのか」 「紫龍……」 それは、瞬の幼い頃からの友人で、大切な仲間で――瞬は もちろん、彼の名前も姿も知っていた。 名前も姿も知っているのに――瞬は どういうわけか、彼が なぜ自分の大切な仲間なのかということが わからなかったのである。 彼が なぜ自分の大切な仲間なのか――瞬は、どうしても思い出すことができなかった。 「紫龍……どうして……」 「この成り行きに、すっかり腹を立てて、一輝がどこぞに消えてしまったので、代理で来た。氷河は おまえのところか」 「あ……」 紫龍は、氷河のことを知っているらしい。 瞬が頷くと、 「そんなことだろうと思った」 紫龍は、心得顔で顎をしゃくった。 種明かしをしてやるから、氷河を拾って ゆっくり話のできる場所に移動しようと言う紫龍と共に、瞬は いったん自分の家に帰ったのである。 この2ヶ月間、何かが変だった。 そして、自分の記憶に 一部 欠落がある。 その事情を、紫龍は知っているのだ。 その話は、氷河と抱き合う時間を減らしてでも 聞かなければならないことだった。 「氷河、ただいま。あのね、これから ちょっと外に――」 「瞬!」 マンションのドアを開けた途端に、全裸の氷河が瞬を抱きしめてくる。 その瞬間に 瞬が思ったのは、『紫龍は、1階のロビーに待たせておくべきだった』ということ。 そして、全裸の男は 羞恥の“し”の字も感じていないらしいのに、着衣の自分が どうして ここまで恥ずかしさに囚われ 慌てなければならないのかということだった。 「氷河! 信じられん男だな、おまえ!」 紫龍の非難の声を聞いた時、これから どんな種明かしをされることになっても、今 この瞬間以上に 自分が動じることはないだろうと、瞬は確信した。 |