「雨に打たれるのは危険だと言ったろう。今日の雨は今のところは こぬか雨だが、もし強い雨になったら、俺は おまえの命の保障はできないぞ」 氷河以外には誰もいないはずの彼の部屋。 そこで 氷河は今日も誰かと話していた。 さほど大きな声ではないし、ドアも閉じられているのだが、氷河の独り言が 彼の仲間たちに聞こえてしまうのは、彼の仲間たちが これまでに重ねてきた幾多の戦いのせいだったろう。 光速レベルの拳の応酬が当たりまえの戦いの中で 彼等の感覚は研ぎ澄まされ、尋常の人間のそれとは次元の違うものになってしまっている。 アテナの聖闘士たちは、音――空気の振動――を、耳だけでなく、触覚や小宇宙で感じとれるようになってしまっているのだ。 「おまえは、おまえが生きて存在することの意味を考えたことがあるのか」 「ここに瞬を連れてくるとか、俺の望みを瞬に伝えるとか、それくらいの芸をしてみせてくれたら、俺も、おまえという存在には意味と意義があるんだと認めてやるのに」 ノックをしかけた手を、瞬が その直前で止めたのは、氷河の独り言に自分の名が出てきたからだった。 仲間を ここに連れてきてくれと、氷河は誰に向かって頼んでいるか。 なぜ 頼んでいるのか。 正体不明の何者かではなく、氷河が 直接『ここに来てくれ』と言ってくれたなら、自分は何をおいても氷河の許に駆けつけるのに、なぜ氷河は それを他人(?)に頼むのか。 “死”という言葉を含んだ独り言よりも、それは瞬の心を更に重く暗くしたのである。 それは、瞬が恐れている『もしかしたら』に合致する独り言だったから。 氷河の部屋の前で動かなくなった瞬に焦れたらしい星矢が、瞬を押しのけ、ノックもせずに 氷河の部屋のドアを開く。 室内に生きて動く存在は氷河しかいないことを確かめてから、星矢は、 「入るぞー」 と、氷河に入室の許可を求めた。 その不作法を、氷河は咎めようとした――らしい。 が、星矢が一人ではないことに気付き、そうするのをやめる。 「何だ、皆 揃って」 「いや、瞬の名が聞こえたので――瞬を呼んでいたようだったが?」 「……」 紫龍に問われたことに、氷河は答えを返してよこさなかった。 「誰かと話していなかったか?」 という問い掛けには、 「誰と?」 という反問が帰ってくる。 氷河は 極めて落ち着いているように見えた――平生と変わったところはないように見えた。 野良猫を隠しているようではないし、幽霊に憑りつかれ生気を奪われているようにも見えない。 室内には、ハーデスの失敗で アテナの聖闘士に手を出すことの愚を学習しなかった神が降臨していたような気配もなかった。 「僕に、何か用があるの?」 「いや」 瞬に答える声には 多少の動揺が感じられたが、それも瞬の動揺に比べたら極小といっていいもの。 三人揃って 氷河の部屋に押しかけることまでしたのに、結局、氷河の仲間たちが得ることのできた情報は、『氷河の会話形式の独り言は 実際に行われている』という、その一事だけだった。 |