昔々のことです。 国や人というものは、二つあるから、二人いるから、争い事が絶えず、また その争いによって生じた溝が決定的なものになってしまうのだと考えた人がいました。 力が二つあるということは、自分の他の存在が一つあるということ――比較対象が一つ、対抗相手が一つ、敵になり得るものが一つ、明確に存在するということですからね。 その人は、ですから、国でも人間でも二つではなく三つ、もしくは三つ以上の勢力が並び立っていれば、世界は決定的な決裂を生まずに済むと唱えたのです。 これが いわゆる“天下 三分の計”。 テストにも出ますから、憶えておきましょう。 自分以外の他者が二つ以上存在すると、人は 自らの振舞いを慎重にするものです。 自分以外の二つの他者を敵にまわしてしまったら、その二つの他者が結託して 自分を滅ぼしにくるかもしれませんか。 ですから、そういう状況に置かれた時、人は、二つの他者のうち、せめて一方は 自分の味方にしておきたいと考えて、譲歩や妥協をするようになるのです。 皆さんは、ならば、国は一つに、人は一人になればいいじゃないかと考えるかもしれません。 けれど、それは無理な話。 人は一人では生きていけませんし、国は一つになると、その一つの中で分裂を始めるものだからです。 そういうわけで、世界は三つの国に分かれました。 それが、北の冬の国、東の春の国、南の夏の国。 皆さんが ご存じの三国です。 北冬国は、世界の北方に広大な国土を構えた国で、冬が厳しく、農作物の実りが乏しい国です。 その分、地下資源が豊かで、北冬国が厳しい冬を乗り越えられるのは、石炭や石油、天然ガス等のエネルギー資源に不自由しないから。 南夏国は、国土はあまり広くないのですが、神の化身と取沙汰されるほど大変な知恵者の女王がいて栄えている国。 温暖な気候に恵まれ、生産性の高い農業国です。 東春国は、北冬国に劣らないほど広い国土を有し、北冬国より気候が温暖なせいもあって、人口は北冬国の5倍以上。 国内に多くの民族がいるため、頻繁に王朝が変わる国です。 そのせいで、人の動きも多く、よく言えば流動性があり活発、悪く言えば 政権の落ち着かない複雑な国でした。 ――とまあ、北南東、冬夏春ときたら、西の秋の国――西秋国もあるべきだろうと考えるのが人情というものですよね。 北南東があって西がない、冬夏春があって秋がないなんて、おかしなことですもの。 実際、これら三国の他に、西秋と呼ばれる地方があるのですが、こちらは王朝といえるほど明確な政権が樹立しておらず、国としての体裁が整っていないので、この物語では無視して構いません。無視してください。 ともあれ、世界は そういう状況にありました。 これらのことを踏まえて、では 物語を始めましょう。 北冬国に生まれた氷河が 東春国の都を訪れたのは、落ち着きがなく複雑な東春国で、またしても帝位を巡って内紛が起こるのではないかという噂が立ち始めていたからでした。 こういうことは、長い歴史上 これまでにも何度もありましたが、東春国で内乱内戦の類が起きると、最も その影響を受けるのが北冬国なのです。 四つの国(正確には、三つの国と一地方)はすべて陸続きでしたが、南夏国は高い山脈で、西秋地方は広い砂漠で、東春国と隔てられていましたので、東春国で内乱が起きても、あまり その影響を受けることがないのです。 そういう事情で、東春国の内乱の影響は、国と国の間に距離以外の物理的隔壁のない北冬国が一身に担う羽目になるのでした。 平時は、厳しい気候を避けて東春国にいる者たちが、戦火で家や畑を焼かれ 命を落とすよりは厳しい気候の方が まだましと考えて難民になり、北冬国に流れ込んでくるのです。 政変によって産業に支障が出ると、東春国から北冬国への農作物の輸入が滞ることも問題でした。 農作物の輸入が途絶えたところに大量の難民に流入されたら、北冬国は大変なことになりますから。 氷河は、その事態を憂えて、東春国に 状況を探りに来たのです。 噂が噂でしかなければ それがいちばんですが、噂通りに政変や内乱の兆しがあるようなら、その対応を考えなければなりません。 もちろん、それらの騒ぎを阻止できたら、それが最善ですけれどね。 ちなみに、東春国の内乱れを憂えているのは 氷河の北冬国だけではなく、それは南夏国も同様でした。 北冬国のように直接的な影響を受けることがないとはいえ、東春国の内乱の煽りを食って北冬国までが倒れてしまったら、世界の様相が一変してしまいます。 それは、南夏国にとっても好ましいことではありません。 そういうわけで、氷河が東春国に入るのに合わせて、南夏国からも 氷河の友人たちが東春国に潜入。 北冬国と南夏国は協力し合って、東春国の平和と安寧のための――ひいては、世界の平和と安寧のための――活動を開始したのです。 |