「人が好くて、馬鹿なのにも ほどがある! 何も わかっていないくせに……!」
何も知らずにアテナの聖闘士たちに守られ、日々 それなりの悩みや辛苦はあるにしても、平和を謳歌している街の人々。
その中に 紛れ込み、イズマイルは呟いたのである。
あの二人は、互いを信じ合い、理解し合い、愛し合っている。
そのせいで、あの二人は、自分以外の人間たちの醜さ弱さが 正確に見えていないのだと、イズマイルは思った。
それが、たまらなく苛立たしい。
人の運命は、人生は、本当に不公平だと、イズマイルは思っていた。


そんなふうに、運命の不公平に腹を立てていたイズマイルに、
「なるほど。君が、氷河の兄弟子だったアイザックの弟か」
と、話しかけてくる男がいた。
人間の身勝手な欲を肯定する悪魔のように黒い髪と、人間の心を誘惑する悪魔のように 人懐こい目を持った男――。

「人の運命の不公平を理不尽だと思うなら、その怒りを無理に抑え込むことはない。氷河を憎むことを やめる必要もない」
「誰だ、貴様は」
イズマイルの誰何すいかに、黒髪の悪魔は答えを返してこなかった。
自分が何者なのかを語ることはせず、代わりに、彼は 悪魔らしい誘惑の言葉をイズマイルに囁き続ける。

「効果的かつ容易に、アクエリアスの氷河を苦しめる方法を教えてやろうか」
「貴様は誰だ」
「名乗るほどのものではない。そんなことより、知りたくないか? 氷河を苦しめる方法を。氷河が憎いんだろう?」
「俺は……」

悪魔は優しく人を誘惑する。
イズマイルの心は、優しく親しげに微笑む その言葉に 引き込まれてしまっていた。






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