聖母の薔薇






「不死鳥にしても甦りすぎだろ。それも、尤もらしい根拠も理由もなく 唐突にさ。一輝が現われるたびに俺、『なんで、こいつ、生きてるんだ?』って、毎回 不思議に思ってるんだぜ」
なぜ、そんな話になったのだったか。
盆は過ぎ、秋の彼岸には早い時季。
もしかしたら、そこここで 彼岸花が花を咲かせ始めたからだったのかもしれない。
ともかく、それこそ、尤もらしい根拠も理由もなく 唐突に、星矢は、鳳凰座の聖闘士の復活の あり得なさを語り始めたのだ。

「殺生谷では墓まで建てたんだぜ。シャカとの戦いでは 異次元に飛ばされたんだよな。あ、サガのギャラクシアン・エクスプロージョンも食らってなかったか、あいつ」
「ははははは」
生きているはずのない者が生きていたのなら、その理由は“死んでいなかったから”に決まっているのだが、一輝の場合は“一輝だから”という理由こそが 最も納得できる理由に思える。
実際 紫龍は そう思ったのだろう。
そう思ったから、彼は、(一輝以外の)仲間たちが集っている城戸邸ラウンジに、乾いた笑いを響かせたのだ。
星矢が、そんな紫龍の前で 軽く鼻を鳴らす。

「他人事みたいな顔して笑ってんなよ。おまえだって、似たようなもんだろ。おまえ、再会早々、ギャラクシアンウォーズで死んでんだぞ。デスマスクとのバトルでは 冥土の入り口で行ったり来たりしてたし、シュラとのバトルでも、撃てば必死だからって理由で禁じ手になってた亢龍覇を ぶちかましてる。なのに、なんでだか死んでなくてさ」
「俺が死ななかったことには、ちゃんと理由がある。一輝と一緒にするな」
鳳凰座の聖闘士と同列に語られることは、非常識人間の烙印を押されるようなもの。
自分を常識ある人間だと思っている(思いたい)らしい紫龍は、真顔で星矢の言に異議を唱えた。
星矢が、ごく自然に、紫龍の反駁を受け流す。
彼は決して、紫龍だけを 一輝と同列に語るつもりはなかったのだ。
紫龍の反駁を受け流した星矢の攻撃の矛先は、他の仲間たちにも向けられた。

「氷河も カミュのフリージングコフィンから復活してるし、瞬も アフロディーテとのバトルは相討ちだったんだろ。相討ちの一方が死んでるのに、瞬だけ生き返ってるのは おかしなことだろ」
「そう言う星矢。おまえも、黄泉比良坂を歩いている姿を、瞬に目撃されているぞ」
氷河が 星矢に そう告げたのは、自分と瞬が一輝と同類の人間に分類されることが不愉快だったから。
そして、星矢だけを常識的人間にしておくわけにはいかないと考えたからだった。
「俺が黄泉比良坂? いつのことだよ。……インビジブル・ソードの時かな?」
本当に忘れていたのか。あるいは、忘れた振りをしているだけなのか。
どちらにしても、その事実を指摘されてしまっては、さすがの星矢も 自分だけが常識的人間の振りを続けることは不可能だった。
一度は その目で己れの死を見ているという点で、青銅聖闘士たちは皆が仲間であり、同類なのだ。
「言われてみれば、俺たち全員、揃いも揃って しぶといっていうか、生き汚いっていうか……」
それが結論。誰にも異議を唱えることのできない論理的帰結にして総括だった。

「アテナの加護があるからでしょう」
アテナの聖闘士たちを 全員まとめて“非常識人間”に分類しようとする星矢の言を それまで静かに聞いていた瞬が 初めて、ごく控えめに自分の意見を口にする。
それは 極めて妥当な見解だったのだが、星矢は疑わしげな表情を作って肩をすくめた。
「アテナの加護があっても、くたばる奴は くたばってるからなー。アテナの加護より、やっぱ、俺たちの根性じゃね? 俺たちは、人の百倍も諦めが悪いんだよ」
「おまえは身も蓋もないことを言うな」
「でも、他に説明の仕様がないだろ。俺たちだけが死なずに生き延びてることに、他に納得できる理由もないしな」

『根性がある』『諦めが悪い』が、青銅聖闘士たちが死なずに生き延びていることの納得できる理由たり得るらしい星矢に、彼の仲間たちは揃って苦笑した。
もとい、その場にいた青銅聖闘士たちは 全員揃って 苦笑しなかった。
少なくとも、瞬のそれは――瞬も 確かに その目許や口許に 笑みらしきものを浮かべてはいたのだが、瞬のそれは――氷河の目には“苦笑”には見えなかったのだ。
いつものように 優しく やわらかい微笑。
だが、いつもと違って、瞬の その微笑には 暗い翳りのようなものが含まれていた。

瞬らしくない。
そう感じて、氷河は眉をひそめた。






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