深夜になっても、瞬は 仲間たちの許に帰ってこなかった。
瞬が 何らかのトラブルに巻き込まれたことには、もはや疑いの余地がない。
アテナに状況を報告して、瞬の居場所を探ってもらったのだが、電源が切れていても有効なはずの瞬の携帯電話の居場所追跡機能は 何の役にも立たなかった。
「携帯電話が破壊されたのでなければ、瞬は電波が遮断されるようなところにいるようなの」
「電波が遮断されるようなところというと――銀や銅、アルミニウムの板で密閉された場所ということですか」
「ええ、それも かなりの低温。電気抵抗が限りなく0に近付く、おそらく摂氏0度以下の場所」
沙織と紫龍の交わす恐ろしい会話には、さすがの星矢も蒼白になってしまったのである。
電気抵抗が限りなく0に近い金属の板で密閉された場所では、生き物は呼吸できない。
いくらアテナの聖闘士でも、そんな場所では生きていられないではないか。

「瞬は生きてるのかよ?」
その質問を発することができずにいる氷河の代わりに、星矢が沙織に尋ねる。
強張り 青ざめた星矢と氷河の顔を見て、沙織はすぐに説明文を追加してきた。
「その最悪の可能性は あまり考えなくていいでしょう。そもそも、瞬が自分の携帯電話を現在も所持しているとは限らない――携帯電話を奪われたということも考えられるし、瞬なら、異次元や過去にいるという可能性だって なきにしも非ず――ですもの。あるいは、それなりの力を持った神の結界内にいるということもあり得るわね」
どれも ろくでもない可能性ばかりだが、何より大事なことは、瞬が生きていること。
その可能性が少なくないことを知らされて、星矢の心は 何とか落ち着きを取り戻すことができたのである。
生きている可能性があるのなら、瞬は生きているに違いなかった。
何といっても、瞬は、生きたまま冥界に行ったこともある、人間にあるまじき人間なのだ。

星矢の その確信が間違いでなかったことが判明したのは、それから更に24時間後。
瞬の携帯電話は、密閉空間(もしくは異次元、過去、神の結界)の外に移動したらしい。
電源も入り、電波は明瞭。
もちろん、瞬の携帯電話が活動を再開しても、それは必ずしも瞬が無事でいることの証左にはならないのだが、瞬の携帯電話のある場所が、瞬の生存を ほぼ100パーセント確実なものにしてくれたのだった。



「瞬は、アスガルドにいるわ」
沙織のその一言で、瞬の仲間たちは すべてを悟ったのである。
瞬がアンドレアスの見送りの場にいなかった訳、オタクの親日派が 憧れの国を離れるというのに、異様に嬉しそうにしていた訳、彼がコンテナの中に運び入れた棺桶もどきの中に入れられていた“特に壊れやすくて繊細な”オタクアイテムが何だったのか。
瞬は、アンドレアスに誘拐されたのだ。
アンドレアスはオタクの国で出会った本物の男の娘を 自分のコレクションに加えずにいることができなかったらしい。

「あの野郎、ふざけやがってーっ !! 」
怒り狂い凶暴になった冬場の狼のような咆哮を響かせてラウンジを飛び出ていく氷河に、『どこに行くんだ?』と尋ねる者は、その場には ただの一人もいなかった。






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