エリシオンに来てから、どれだけの時間が経ったでしょう。 ほんの数日なのか、何年もの時が過ぎたのか。 エリシオンには夜がなく(夜がないということは、朝もないということです)、その上、エリシオンに来てから 瞬自身は歳をとることができなくなっていたので、そんなことさえ 瞬には わかりませんでした。 仲間たちを恋しく思っているせいで、仲間たちと共に在ることのできない時間が より一層長く感じられていることは確かでした。 仲間たちは今も戦っているのでしょうか。 仲間たちの笑顔が懐かしくて、自分の弱さが悲しくて、瞬は 争いのない平和な国で 少しも幸せではありませんでした。 瞬は もともと、聖域の近くにある小さな村で生まれ、そこで育ちました。 村には――地上世界は どこでもそうでしたが――なぜ起こったのかわからない戦いのせいで親を亡くした子供たちが たくさんいて、瞬は 同じ境遇の仲間たちと寄り添い 支え合って 日々を生きていました。 やがて、戦いには、人間と人間が それぞれの欲のために起こす戦いと、そんな人間たちを滅ぼそうとして神々が粛清の名のもとに起こす戦いがあることを知り、聖域の女神アテナが 彼女に従う聖闘士たちと共に 人間世界を守っていることを知り――瞬は仲間たちと共に聖域に向かったのです。 なぜ 何のために死ななければならないのか わからないままで死ぬのは嫌だと、仲間たちが言うから。 神々には 人間は虫けら同然の存在なのかもしれないが、そんな非力な存在でも 肉親や友が死ねば悲しいのだと、仲間たちが言うから。 実際、死は悲しいものでした。 理不尽な力によって大切な人を失い 嘆き悲しむ人たちを、瞬は もう見たくなかったのです。 世界が、理不尽な力のせいで苦しみ悲しむ人のいない世界になればいいと、瞬は いつも思っていました。 みそっかすの泣き虫だった瞬がアテナの聖闘士になれたのは、瞬が挫けそうになるたび、兄や仲間たちが瞬を励まし支えてくれてからでした。 瞬は、そんなふうに、人間が 皆 優しい気持ちで互いを支え合い、助け合う、温かい世界を夢見ていただけだったのです。 その夢は 本当に叶うのだろうかと、ほんの少し 心が揺れただけでした。 それが、こんなことになろうとは。 ほんのしばらく――争いのない世界を見て、そんな世界の実現の可能性を確かめて、すぐに仲間たちの許に戻れると思っていたのに、ハーデスは、 『余は、そなたに 争いのない世界を見せてやろうとは言ったが、元の世界に戻してやるとは言わなかった』 と、孤独な理想郷に立つ瞬に 冷やかに言い放ちました。 兄や、星矢や紫龍や氷河。 自分の迂闊に気付いた時、仲間たちの面影を思い浮かべ、瞬は 色とりどりの花が咲き乱れる平和なエリシオンで呆然としてしまったのです。 皆が懐かしくて 恋しくて――たった一人で 平和な国にいる自分が、瞬は悲しくてなりませんでした。 『もし 戦い続けるのが つらいなら、おまえの分も 俺が戦ってやろう』 終わらない戦いに打ちひしがれていた瞬に そう言ってくれたのは氷河でした。 氷河が、心弱い仲間のために、優しさから そういってくれたことはわかっていました。 あの時、氷河の優しさに甘えてしまえばよかったのでしょうか。 あの時、 『大丈夫。僕は戦える』 と強がらなければよかったのでしょうか。 けれど、瞬は、いつも氷河たちと一緒にいたかったのです。 氷河たちが命がけで戦っている時に、自分だけ安全なところで皆の帰りを待っているなんて、戦うより つらいことだと思ったのです。 それに、あの時 『大丈夫』と答えた瞬に、氷河が気遣わしげに優しくキスをしてくれて――髪や頬にではなく唇にキスをしてくれて――それで 瞬は、なぜだか 自分はまだ戦えると思えてしまったのです。 あの時の氷河のキスには 不思議な力がありました。 |