お参りを済ませた三人が雷門を出たところで、瞬が氷の壁を消す。 障壁が消え去った途端に、瞬たちのまわりには、人が どっと集まってきた。 「初詣客で 混雑していた浅草寺で、怪奇現象が起きました! 見えない氷の壁が どこからともなく現われ、一時、50万人以上の初詣客が閉じ込められるという、先頃 池袋で発生した氷の塔を彷彿させる事件です!」 自局のカメラに向かって早口で まくし立てる興奮した各局アナウンサーたち。 そんなアナウンサーより、とにかく渦中の人たちの姿を 少しでもいい場所で捉えようとして揉み合うカメラマンたち。 報道陣の背後では 一般の初詣客たちが、誰に命じられたわけでもないのに 一斉に 瞬たちの方にスマホのカメラを向けていた。 「では、たまたま壁に閉じ込められなかった方のインタビューです。いったい 何が起きたんですかっ !? 」 日本の報道関係者たちは、肖像権という言葉の存在を知らないらしい。 刑事事件の容疑者にも 自己に不利益になる供述を強要されない権利があるのだが、彼等は それも知らないらしい。 アナウンサーからインタビュアーに転身した者たちが、一斉に瞬たちにマイクを突きつけてくる。 彼等の中では、この件を大ごとにしたくない瞬や、気が向かないと言葉を発しない氷河ではなく、ナターシャにマイクを差し出したインタビュアーが最も賢明だったろう。 言葉に詰まった瞬や 親切に説明するつもりのない氷河と違って、ナターシャは素直で正直な いい子だった。 「アノネー。ナターシャが人混みで怪我をしないように、パパが氷の壁を――」 「ナターシャちゃん……!」 瞬が慌てて、自分の声でナターシャの言葉を遮る。 瞬に さりげなく口をふさがれたナターシャは、上目使いに瞬を見上げ、不思議そうに首をかしげた。 「よ……よくわからないんです。気がついたら、見えない壁の中に閉じ込められていて」 「大変でしたね」 「え……ええ」 「お嬢ちゃん、恐かったでしょう」 「お嬢ちゃんじゃないの。ナターシャ」 「ナターシャちゃん、恐かったでしょう」 「平気ダヨー。パパとマーマが一緒だったから」 「そっかー。ナターシャちゃんは平気だったんだー。ナターシャちゃんのパパ、かっこいいねー。ママは綺麗で優しそうだし」 「ママじゃないの。マーマ」 「え? マーマ? あ、マーマは綺麗で優しそうで、パパはかっこよくて、いいねー」 「うん! ナターシャとパパとマーマはとってもナカヨシで、ずっとナカヨシなのー」 家族を こんな目に会わせてくれた氷河を、いっそ異次元に漂流させてやりたい。 だが、“パパとマーマとナターシャは とってもナカヨシ”でいるために、瞬は(少なくとも、ナターシャのいるところでは)そうすることができなかった。 「可愛い娘さんですねー」 「俺と瞬の娘なんだから、可愛いのは当然だ」 ナターシャを褒められて 気をよくしたらしい氷河が、一見した限りではクールに、インタビューに答える。 氷河のクールは表面だけだということを知っている瞬は、氷河が余計なことを言うのではないかと、内心 焦りまくりだった。 「あの……こんなことがニュースになるんですか? 壁ももう消えたみたいですし……」 「新春ニュースですから、おめでたけりゃ、何でもいいんです。こんなに綺麗な家族、他にいませんよ。春から眼福眼福」 「で……でも……」 「ナターシャちゃん、この おさるのぬいぐるみを抱いて、パパとマーマの間で笑ってくれるかなー」 「ナターシャ、笑ってアゲルヨー」 超常現象の報道に、なぜ おさるのぬいぐるみが必要なのか。 そんな疑念を抱くのは、乙女座の黄金聖闘士が もはや地上で最も清らかな魂の持ち主ではなくなったからなのだろうか。 焦り戸惑うばかりの瞬と違って、ナターシャはサービス精神が極めて旺盛。 彼女は おさるのぬいぐるみを抱きしめて、全開の笑顔を報道陣に提供した。 「わーん。可愛いー」 初詣を忘れた初詣客たちが、怪奇現象に巻き込まれた綺麗な家族の周囲で歓声を上げる。 ナターシャは すっかり ご機嫌で、氷河も大いに ご満悦。 3時間の道のりは8分に短縮できたが、結局 それから1時間以上、瞬たちは、国民の“知る権利”への奉仕責任に燃えた報道陣から解放してもらうことができなかったのである。 何とか彼等を振り切って帰宅すると、今度は、興奮しているナターシャを寝かしつけるのに一苦労。 瞬は その上、興奮している氷河を寝かしつけるのにも苦労させられた。 ナターシャが来てから “あまり大きな声を出すと、ナターシャに聞かれるぞ”プレイを覚えた氷河は、今では 瞬にとって ナターシャより手のかかる家族になっていた。 氷河の旺盛かつ厚顔な精力より、どうしても嫌なら自分の部屋に帰ればいいのに そうしない自分にこそ、瞬は恥じ入り、呆れることが多くなっていたのである。 |