たとえ絶望の淵に沈み込んでも、氷河はアテナの聖闘士である。
アテナの聖闘士であるから、当然 諦めは悪い。
途轍もなく悪い。
何があっても諦めてはならないという考えが、その心身に刻み込まれている。
“今年の目標”と来年のお年玉の件があっても なくても、氷河は瞬への恋を諦めることはできなかった。
そんなことができたなら、アテナの聖闘士という商売はやっていられないし、それ以前に 氷河は、“実りそうにないから、恋を諦める”などという器用なことができる男ではなかったのだ。

時間は1年ある。
2世紀分の遅れを取り戻すには短すぎる時間だが、だからといって、この1年を無為に過ごすことはできない。
百里の道も一歩から。
翌日から 早速、氷河は、自らの恋を成就させるための努力を開始したのである。
氷河が最初に行なったのは、身近にいる恋の成功者に、恋愛成就の秘訣をインタビューすることだった。

「紫龍。おまえは、春麗をどうやってものにしたんだ?」
まさか白鳥座の聖闘士に、よりにもよって そんなことを尋ねられることがあろうとは。
氷河に問われた紫龍は、そういう顔を氷河に向けてきた。
それから、幾分 控えめに咳払いをして、氷河の認識を正してくる。

「誤解するな。俺は別に春麗とは何も――先のことはわからないが、今のところ、春麗は妹のようなものだ」
それは、余裕のある男だからこそ言える台詞だ――と、氷河は 少々 むかつきながら思った。
そんな二人に、星矢が横から口を挟んでくる。
「紫龍の話は、参考にならないと思うぞ。紫龍の場合は、世界のすべてが そうなるようにお膳立てできてたっていうか何ていうか――紫龍の場合は特殊すぎるんだよ」
こんな幸運な男の話を聞いても、努力しなければ 恋を実らせられない男の恋愛成就の参考にはならない――と、星矢は言っていた。

そうなのかもしれないと、氷河も思わないでもなかったのである。
その出会い、親代わりの老師の希望と後押し、他に誘惑者や誘惑物のない狭い環境での共同生活、共に育ったがゆえの価値観の共有。
それらを、紫龍は 努力なしで手に入れた。
紫龍の恋愛事情は、あらゆる面で恵まれすぎているのだ。

「つーか、紫龍は、プライベートよりバトル優先だろ。あんまり春麗を放っとくと、そのうち 見捨てられちまうぞ。紫龍は そっちの心配した方がいいぜ」
星矢の親切な忠告に、紫龍は慌てた様子も見せなかった。
「聖闘士など、明日の命も知れない稼業。それならそれでいい」
それも、余裕のある男だからこそ言える台詞だ――と、氷河は 多分に むかつきながら思った。
龍座の聖闘士の余裕ある態度に感心したように、星矢がぼやく。
「もしかしたら、紫龍の場合は、執着しないところが いいのかもな。あんまり、好き好き言われると、女の方も うんざりしちまうんじゃないか? 女には、振り返ってくれない男を追いかけたくなる習性があるのかもしれないぞ」
星矢の解説に、紫龍が こころもち顔をしかめ、
「春麗を犬か何かのように言うな」
と、遺憾の意を表明する。
それもまた、余裕のある男だからこそ言える台詞だ――と、氷河は 超むかつきながら以下略。

地上の平和を守るため、戦場に向かう男。
健気に その帰りを待つ女。
星矢の言う通り、紫龍の成功譚は全く参考になりそうになかった。






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