身近にいる人間に 恋愛成就の秘訣を教えてもらうことができないとなれば、身近にいない者から その情報を得るしかない。 幸い、昨今は、恋愛やデートのハウツー本に頼らなくても、各種情報がネット上にあふれている。 紫龍に見切りをつけた氷河は、城戸邸の図書室にあるパソコンに向かい、『恋 成就 方法』という検索ワードで、ネットの海に飛び込んでみた。 そして、手当り次第に もてない男脱却のためのサイトの記事を読みふけったのだが、何ということだろう。 それらのサイトの9割に必ず、『マザコンは嫌われる』という記述があったのだ。 これは 悪意に満ちた嫌がらせなのだろうか。 世界中が 白鳥座の聖闘士に嫌がらせをしているのかと 疑わずにいられないほど、ネット上には その文言が あふれていた。 ちなみに、『マザコンは嫌われる』の他に めぼしい記事としては。 一緒に歩く際、歩くスピードが速いのは駄目。思い遣りがないと思われる。 一緒に歩く際、歩くスピードが遅いのも駄目。体力や健康面に問題があると思われる。 一緒に歩く際、歩くスピードを彼女に合わせすぎるのも駄目。統率力や頼り甲斐がないと思われる。 食事の際、1円単位の割り勘は駄目。ケチだと思われる。 食事の際、いつも奢るのも駄目。経済観念がないと思われる。 食事の際、いつも奢られるのも駄目。ヒモ体質だと思われる。 服装は、ブランド物で決めすぎるのは駄目。外見重視かつ中身がないと思われる。 無頓着すぎるのも駄目。ダサい男は嫌われる。 恋愛表現が熱烈すぎるのは駄目。ストーカー予備軍と思われ、忌避される。 淡白すぎても駄目。さほど 好きではないのだと思われる。 親父ギャグは駄目。 真面目すぎても駄目。 暗いのは駄目。 能天気も駄目。 貯金ができないのは駄目。 常識がないのも駄目。 とにかく、駄目駄目駄目。駄目ばかり。 世界は、“駄目”に満ちていた。 「つまり、もてる男というのは、ほどよく経済観念があって、どこかに隙のある服装をし、熱すぎず 冷たすぎず、暗すぎず 明るすぎず、適度に面白いことを言える、適度に お笑い系の男なんだそうだ。俺のように 糞真面目な男は駄目らしい……」 諦めることを知らないアテナの聖闘士を 完膚なきまでに打ちのめしてのける、もてない男の世界。 歩くことも ままならないほど ぐったりして、氷河は仲間たちの許に逃げ帰ってきた。 「いや、おまえは 十分に お笑い系だと思うぞ」 星矢の慰め(?)も、苛酷な現実に打ちのめされた氷河の心身を浮上させることはできなかった。 「俺はもう駄目だ。恋を成就させるのが、こんなに難しいことだったとは……。こんなことなら、双児宮で異次元に飛ばされたまま、時空の狭間を漂い続けていればよかった。そうすれば 俺は、瞬が俺のものにならない苦しみも味わわずに済んだんだ」 確かに、あのまま 異次元を漂流していれば 恋の為し難さは知らずに済んだろうが、その代わりに、天秤宮で瞬に温めてもらうことも、天蠍宮での得意満面 お姫様抱っこもできなかったんだぞ――と、今の氷河に言ったところで無駄だろう。 そんなことを言われれば、氷河は 次には、『瞬に温めてもらったことをミロに自慢してから 宝瓶宮で カミュに倒されていた方がましだった』と我儘なことを言い出すに決まっているのだ。 すっかり自信を失ってしまっている白鳥座の聖闘士の前で、星矢は 完全に お手上げ状態だった。 「氷河は、愛されることに慣れ過ぎている男だからな。母親にも師にも、大した努力もせずに愛してもらった。氷河は、誰かに愛してもらいたいと思ったことがないんだろう。思うまでもなく、誰からも 愛されていたから、愛してくれる者たちを 愛し返すだけで済んでいたんだ。誰かに愛してもらいたいと思うこと自体、氷河は これが初めてなんだろうな」 考えようによっては、氷河は、龍座の聖闘士より恵まれている男――恵まれすぎていた男なのだ。 氷河の幸運を、過去形で語らざるを得ない現実、現在に、白鳥座の聖闘士の仲間たちは嘆息した。 |