それから1週間後、星矢と紫龍が 氷河のバーにやってきたのは、またしても突然 一輝と連絡が とれなくなってしまったからだった。 一輝が一方的に仲間たちとの連絡を絶つのは、主に瞬に『栄養の偏った食事をしていませんか』だの『サングラスは、色の薄いUVカットのものにしてください』だのと うるさく言われないためである。 差し迫った危機は、互いに小宇宙で感じ取れるのだから それで不便はないのだが、そのせいで、ナターシャのことや“マーマ”のことが事後報告になり、一輝を激昂させる事態を招いてしまったのだから、せめて 回線を一つ常時オープンにしておいてほしい――というのが、一輝の仲間たちの希望だった。 そんな希望を聞きいれる一輝ではないことを、彼等は 百も承知していたが。 「その後、一輝から何か言ってきたか?」 開店時刻には 少々 間があり、カウンターの中の氷河は まだバーテンダーの顔になっていない。 星矢たちの仲間の顔で、氷河は、ナターシャの父としての言葉を口にした。 「ナターシャにプレゼントを送ってきた」 「一輝が、ナターシャにプレゼント? リボンでも送ってきたのか」 「子供用の度無しのサングラスを送ってきた。ナターシャは気に入っている。スゴク カッコイイんだそうだ。俺には到底 理解できん感性だ」 「外させるのに苦労してるよ。あんなに色の濃いサングラスなんて、危ないし、目にもよくないのに」 瞬は、医者の顔と ナターシャのマーマの顔。 そして、アテナの聖闘士というより、星矢たちの仲間と友の顔をしていた。 「さすがの一輝も、ナターシャからマーマを奪うことできなかったかー」 “義”も“礼”も“知”も“忠”も“信”も “情”で理解し 実践する一輝に、そんなことができるとは、最初から思っていなかった。 星矢と紫龍は、そういう顔をしていた。 一輝が そういう男であることを、誰よりも よく知っていたのは氷河だったろう。 であればこそ 氷河は、普通の いたいけな少女なら 一目見ただけで泣き出してしまいそうな風体の男と ナターシャの対面の場を、積極的に設けたのだ。 氷河が そういう男であることを、星矢と紫龍は承知している。 「俺たちは、地上の平和を守るために戦い、そのためになら いつ死んでもいいと覚悟していた。だが、これからは、ナターシャのために、何よりも生き延びるための努力をしよう」 ナターシャの父の顔で、氷河が瞬に告げ、 「うん」 瞬が、そんな氷河に頷き返す。 「よかった。俺はナターシャを不幸にしたくない。ナターシャには 二度と悲しい思いも つらい思いもさせたくない」 「必ず、ナターシャちゃんを幸せにしてあげようね」 「ああ。二人で」 言葉だけを聞いていれば、それは紛れもなく ナターシャの両親のやりとりだった。 氷河は、確かに、ナターシャの父の顔を装っている。 だが、瞬を見詰める氷河の熱の込もった瞳、声。 星矢と紫龍は、今 ここにいる男が ナターシャの父ではないことに気付かずにいることはできなかったのである。 仲間だから――彼等には、それが嫌でも感じ取れてしまうのだ。 瞬は、氷河によって、“幸せな家庭”という檻の中に閉じ込められ、決してそこから出ることはできない。 瞬自身が それを望まない――望めない状態にさせられているから。 |