三人のニューリッチたちを何とかソファに座らせることに成功した瞬が語ったところによると。 ニューリッチその1が言った通り、彼等は瞬の元部下。 6年ほど前まで、瞬に雇われ、瞬の下で働いていた男たちだったらしかった。 その頃、“SHUN”の名は、その世界では知らぬ者のないビッグネームだったらしい。 「僕は……グラードに頼りたくなかったから、僕が 医大で学ぶ学費を自分で作ったことは、前に話したでしょう」 「ああ」 以前、深夜のバーのカウンターで、医大志望の息子を持つ父親の悩みを聞かされたことがある。 医大の学費は、私立のきついところでは5000万、国公立でも500万前後。 私立は受かったが、国立は落ちた息子を、私立に入れてやるべきか、それとも浪人して国公立に入ってもらうべきか。 その父親は、息子の志(があるとして)とは全く別の次元で苦悩していた。 瞬は その学費を、自分の“力”か“美貌”を活用して用意したのだろうと、氷河は察していた。 後者だった場合、あまり愉快ではない話を聞くことになりそうだったので、実際はどうだったのかを、瞬に確かめたことはなかったのだが。 どうやら 瞬は、ブルドーザーや暖房器具の代替を務めたのではなく、キャンペーンガールやモデルの仕事に従事したのでもなく――“力”や“美貌”ではなく――“頭脳”を使って、自分の学費を用意したのだったらしい。 「僕、携帯端末用のちょっとしたアプリケーションソフトを作って、それをネットで販売したの。モバイル機器の使い勝手を ちょっとよくするだけのソフトだったんだけど、そのソフトが異様に売れて――百万本単位で売れて――色々、一人ではさばき切れなくなったもんだから、協力者を募ったんだ。プログラミングの知識と技術のある人、経営の経験のある人、企画の才能がある人――。メールのやりとりをして、面接して、そして採用したのが この人たち。彼等は、それぞれの分野で、僕の期待以上の成果を出してくれたよ。素晴らしい知識と才能を持っていて、努力家でもあった」 「我々は、社長に見い出してもらうまで、ただのオタクの引きこもり、社会の落ちこぼれでした。社長のおかげで、社会の中に居場所を持つことができるようになったんです」 フランス製の眼鏡をかけたニューリッチその2が、補足説明を加えてくる。 ブルーライトをカットできるPC用のレンズを用いているところを見ると、この男がプログラミング分野での瞬の協力者だったのだろう。 瞬は、左右に首を振って、彼の言葉を否定した。 「1年ほどで 学費としては十分な額を手に入れた僕は、更に1年間、学生とソフト販売の二足の草鞋を履いて、そのあとで、会社を株式会社化して、その代表権を彼等に譲ったんだ」 「我々は、現在、HSシステムの社長と企画本部の専務、システム戦略本部の専務を務めています」 イタリア製のスーツが社長、スイス製の腕時計が企画本部の専務、フランス製の眼鏡がシステム戦略本部の専務――らしい。 「HSシステム? 俺でも知っているぞ。ここ6、7年で急成長したITソリューションプロバイダーだろう」 「そのHSシステム社を起こしたのが、SHUN――我々の社長です」 「……」 キャンペーンガールどころの話ではない。 瞬がIT企業を立ち上げたという話は、瞬がキャンペーンガールを務めて学費を稼いだという話より不快ではなかったが、それは 瞬がキャンペーンガールを務めて学費を稼いだという話より、氷河を驚かせた。 「個人が ちょっとした思いつきで作成したパフォーマンス向上ソフトが、数百万ダウンロードを記録したというので、その頃には既に“SHUN”の名前は伝説になっていました。社長のアイデアは 痒いところに手が届くような細やかさがあったが、実に ささやかなもので――社長は、人柄は優しかったが 野心はなく、拡大路線も採っていなかった。社長が経営から身を引いた時、我々を含めて社員 十数名、売上2億だったHSシステムを、その後3年間で社員300名、売上100億の会社に成長させたのは我々だという自負が、我々にはあった」 スイス製の腕時計を腕につけた男が、自身の思い上がりを悔やむ口振りで告げる。 「だが、我が社の成長は止まった。HSシステムの売り上げは2年前から下降の一途を辿り、ついに今期の決算で赤字に転落。今、アメリカの M&Aの手が伸びてきている。彼等が欲しいのは、社員ではなく、社が持つソフトの権利だけだということは 火を見るより明らか。このままHSシステムが消滅するようなことになったら、我々は社長に顔向けができない」 「そんなことを言いながら、瞬の前に顔を出すとは、どういう料簡だ」 顔向けできない事態になっているのなら、顔向けできるようになってから顔を出すのが、誇りを持つ人間が採るべき道だろう。 氷河の皮肉に、ニューリッチ三人組は言葉に詰まったようだった。 が、彼等には もはや誇りや体面にこだわっていられる余裕はなかったらしい。 「我々は……社長が社に戻ってきてくれれば、その求心力、カリスマ性で、社は立ち直ることができると考えたんです。SHUNの名は、この世界では一つの伝説だ。銀行の融資も受けやすくなる」 「社長には ソフトのアイデアのひらめきはあるが、経営者に向いた人でも リーダーに向いた人ではないと、愚かにも我々は決めつけていた」 「我々は、社長より うまく 社を経営できていると思い上がっていたんだ」 「だが、成長は止まった」 「社長は美しく優しかった。我々は、そんな社長に褒めてもらえるのが嬉しくて、懸命に努力した。それが社長のカリスマだったのだと、今になって 我々は気付いたんです」 「社員は、我々からの指示を待っています。社長、もう一度、我々に お力を お貸しください……!」 「え……?」 それまで、黙ってニューリッチたちの話を聞いていた瞬が ふいに口を開いたのは、瞬が彼等の悲痛な訴えに心を動かされたから――ではないようだった。 瞬の声と言葉には、微かにではあったが、非難の色と響きが混じっていた。 「社員が指示を待っている……? あなた方は、あの会社を そんな会社にしてしまったの? 上司の指示を待つ社員しかいない会社に?」 「は……?」 社員が指示を待っている。 そのことの何が悪いのか。 なぜ非難されるのかが わからない。 三人の男たちは、揃って そういう顔になった。 それは、社員たちが経営陣を頼り、信じていることの証左。 社のトップが、社員に頼られていることの証ではないかと。 しかし、瞬は全く別の考えを持っているようだった。 |