――が。
それでも、アテナの聖闘士は希望の闘士である。
それは、彼等が決して希望を失わないから。
決して諦めることなく、勝利するまで戦うことを続けるから。
希望は、彼等の最も近しい友。何よりも大切な友。
そして、友というものは、時に、向こうから こちらを訪ねてきてくれることもある。
それは おそらく、友は 自分の友を快く迎えてくれることを知っているからであるに違いない。

日頃、アテナの聖闘士たちが希望に対して示していた友情が功を奏したのだろうか。
氷河の夜間陰茎勃起現象に にっちもさっちもいかなくなっていた星矢たちの前に、希望が ひょっこり顔を出してくれたのだ。
その希望は 恥ずかしがり屋で、城戸邸から少々離れた山の奥から ごく控えめに、星矢たちに手招きをしていた。
友の名は、某県S山C寺本堂における期間限定の毘沙門天王秘仏 ご開扉。

「十数年に1度、3日間だけ ご開扉される毘沙門天王秘仏だ。参拝客を張っていれば、十中八九、一輝を掴まえることができるだろう。一輝は ああいうのが好きだからな」
と言い出したのは、紫龍だった。
「一輝? 一輝を掴まえて、どうするんだよ?」
妙に張り切っている紫龍に 星矢が問うと、龍座の聖闘士は、
「無論、俺たちが瞬に教えてやれないことを、一輝に教えてやるんだ。瞬には あんなことは 死んでも教えられないが、一輝になら教えてやれる」
と、妙に張り切って答えてきた。
紫龍の言う通り、星矢も、瞬には教えられないことを 一輝になら教えることができた――できると思った。
だが、それでどうなるというのか。
なぜ紫龍がそんなことを言い出したのかが、星矢には とんとわからなかったのである。

「んなこと、一輝に教えてどうなるんだよ。一輝は激怒するだけだろ」
「当然、そうなるだろうな。そして、怒りに任せて、俺たちが瞬に教えられないことを、瞬に教えてしまうだろう」
「俺たちが瞬に教えてやれないことって、つまり、氷河の朝だ――んにゃ、夜間陰茎なんとかをかよ?」
「ああ。俺たちにはできないことも、一輝にならできる。一輝のブラコンは筋金入り。邪欲に囚われた不逞の輩から最愛の弟を守るべく、一輝は瞬の前で 氷河の悪辣ぶりを 口を極めて ののしるだろう。一輝が、俺たちの代わりに、瞬に それを知らせてくれるんだ。その事実を 瞬が どう受け取るかは わからないが、瞬が今 抱えている誤解が消滅することだけは確実。ともあれ、俺たちは 俺たちの手を汚さずに、瞬に真実を知らせることができるんだ」
「……」

正義の味方であるところのアテナの聖闘士として、『俺たちは 俺たちの手を汚さずに済む』のフレーズには 微妙に引っ掛かりを覚えたのだが、それもこれも、氷河に嫌われてしまったと思い込んで 沈んでいる瞬の心を浮上させるためである。
“嫌われてしまったと思い込んで 沈んでいる”に比べれば、“事実を知って 嫌う”の方が、はるかに悲劇性が少ない――という見方も成り立つ。

瞬が元気になってくれさえすれば、他のことは わりとどうでもよかった星矢は、それで瞬の気持ちが明るくなるのならと考えて、紫龍の計画に乗ってみることにしたのだった。


無論、紫龍の計画は図に当たり、星矢たちは 無事に、常に住所不定の瞬の兄を掴まえることができた。
紫龍から、氷河の いかがわしい事情を知らされた一輝は激怒して、愛する弟の身を守るため、十数年に1度 3日間だけ ご開扉される毘沙門天王秘仏の拝観を放り出し、夜叉や羅刹等の鬼神を従えて 仏敵と戦う毘沙門天のごとき形相で、極悪非道の姦賊退治に乗り出したのである。






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