「芳司さんの言うことは正しいのだろうけど、彼女の正論は、何ていうか……外の人の正論なのかもしれないね。美穂ちゃんたちは、芳司さんと違って、心が子供たちに寄り添っているから、芳司さんと自分たちとでは何かが違うと感じてしまうのかもしれない」
瞬が美穂に言うことができたのは、その程度の漠然とした感想だけだったのだが、美穂には 瞬の そんな一言が有難かったらしい。
「ぜひまた いらしてください!」
美穂に真剣な様子で 再訪を求められた瞬が、次に星の子学園に赴いたのは、それから 2日後の昼下がり。
ちょうど食料品の配送の時刻だったらしく、スーパーの配送車が学園の玄関前に止まっていて、なぜか子供たちが その車を遠巻きに眺めていた。

「みんな、どうしたの?」
瞬が問うと、子供たちが、
「配送の車が来てるの」
と、見ればわかることを報告してくる。
勝手知ったる何とやら。
子供たちは 美穂たちの 手伝いをしたいのだが、その指示をしてくれる大人が誰もいないので、その作業に取りかかれずにいるのだと察し、瞬は、美穂たちの代わりに、子供たちに その指示を出してやったのである。

「じゃあ、みんな、手分けして 荷物を厨房まで運んでくれる? 年少さんと女の子は ジュースのパックを1つずつ、力持ちさんは お肉のパックが入った袋と お野菜の袋。持てるかな?」
「はーい」
瞬に そう言われた途端、子供たちは嬉しそうに 良い子のお返事を返してきた。
そして、それぞれに 瞬に手渡された荷物を持って、ぞろぞろと厨房に向かう。
子供たちだけでは持ちきれなかった穀類の入ったダンボール箱を抱えて、氷河と瞬も 子供たちのあとに続いたのである。

そうして向かった厨房には、美穂や宮子たちがいて、それぞれの荷物を手にした子供たちの姿を見て、ぎょっとした顔になった。
瞬が首をかしげつつ、子供たちに、
「そこの作業台の上に 荷物を置いてくれる? みんな、どうもありがとう」
と、礼を言う。
子供たちは、瞬の指示に従って 運んできたものを作業台の上に置くと、嬉しそうに厨房を出ていった。
その様を、美穂や宮子たちが きまりの悪そうな目で見詰めている。
宮子を除く職員たちが、瞬に少し遅れて、
「どうもありがとう。ご苦労様」
と子供たちを ねぎらった。

「あの……」
子供たちが全員 厨房を出たのを確かめてから、瞬は、厨房内に漂う 気まずい空気の訳を美穂に尋ねようとしたのである。
瞬が そうする前に、
「それは子供たちじゃなく、職員の仕事でしょう」
と言い捨てて、宮子が厨房を出ていった。
何がどうなっているのかは わからないが、自分が 非常に まずいことをしてしまったらしいことだけは、瞬にも わかったのである。

「美穂ちゃん。僕、何か――」
宮子が閉じたドアを見やり、瞬が美穂に問いかけると、美穂は 取ってつけたような笑みを 顔に浮かべて、『気にしないで』というように、右の手を ひらひらと振ってみせた。
「子供たちが配送の荷物を中に運ぶのを手伝おうとしたのを、芳司さんが、危ないからいいって言って止めたんです。それは職員がすべき仕事だからって。それは その通りだから、私たち、何も言えなくて――」
「え……」

気まずい空気が漂うはずである。
事情を聞いて、瞬は ひどく慌てることになった。
瞬は、つまり、部外者の分際で、宮子の正論に真っ向から逆らうことをしてしまったのだ。
「ご……ごめんなさい。僕――」
子供たちは、優しい気持ちから 美穂たちの仕事を手伝ってやりたいと思っている。
“人の役に立てる自分”というものを確かめたいと思っている。
そして、そんな自分を他者に認めてもらえることを期待している。
だから、僕は子供たちの気持ちを酌んでやったのだ。
――と、そんなことを美穂たちに言って どうなるだろう。
美穂たちは、そんなことは、改めて瞬に言われるまでもなく、百も承知しているのだ。
ただ、外からの視点に立って判断すれば、宮子の主張の方が正しいというだけで。

言うべき言葉を思いつけず 黙り込んでしまった瞬に、美穂が、今度は少し開き直ったような微笑を投げてくる。
「瞬さんは悪くありません。気にしないで。子供たちは みんな嬉しそうだった。それが正解でしょう」
だが、宮子の主張の方が 正しいことは正しいのだ。
瞬は すぐに宮子に謝罪に行こうとしたのだが、それは、瞬に遊んでほしがる子供たちによって阻まれてしまった。
結局、その日、瞬は、宮子に詫びる機会を持つことができなかったのである。






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