一輝国王が出した おふれのことを聞いた氷河が、ハーデスが欲しがっている瞬王子を 一輝国王から盗んでやろうと考えたのは、都の貴族の館は盗みに入り尽くして、まだ盗みに入っていないお金持ちの家は もう王様のお城くらいしか残っていなかったから。
王様や王子様ほど、運命の不公平の恩恵を受けている人間はいないだろうと思ったから。
そして、自分に盗めないものなどないと、ちょっと うぬぼれていたから。
生まれた時から 国いちばんの富と力が与えられている王族というものは どんな人間なのかという好奇心もあったかもしれません。

氷河は、夜は 酒場の仕事があるので、泥棒のお仕事は 昼間にします。
その日も、氷河は、白昼堂々と 一輝国王のお城に忍び込んでいったのです。
さすがに、普通のお金持ちの館とは違って、一国の王の居城は 警備の厳しさが違っていました。
そのお城は、一輝国王の いちばん大切な宝が守られている場所でしたから、それは当然のことだったでしょう。
でも、そこは国いちばんの大泥棒。
氷河は やすやすと瞬王子のお部屋まで行くことができました。
そこまでは計画通り。順調そのものだったのですが。

氷河の侵入に気付いた瞬王子に、
「どなた?」
と尋ねてられた氷河は、瞬王子の綺麗な瞳に ぽかんと見とれて、手足も頭も動かなくなってしまったのです。
なにしろ 氷河は、こんなに澄んで綺麗な目をした人間が この世にいるなんて、これまで ただの一度も 考えたこともなかったのです。
瞬王子は、氷河のマーマとは 全く美しさのタイプが違っていましたが(瞬王子は男の子ですからね)、その澄んだ瞳の美しさは、氷河の心から、社会の不公平への憤りとか、マーマを失った悲しさとか、マーマのいない寂しさとか、そういった感情を忘れ去らせ、不思議な衝撃を運んできました。
それくらい 瞬王子の瞳は美しくて、氷河の五感と心を麻痺させてしまったのです。

「あなたはどなた? あなたも、僕を汚しにいらしてくださった方? お名前は?」
見知らぬ侵入者を怖がっている様子もなく、瞬王子は重ねて氷河に尋ねてきました。
瞬王子の澄んだ瞳の衝撃から脱しきれずにいた氷河は、まだ半ば以上 呆けたまま、
「氷河……おまえを盗みにきた」
と、つい うっかり、正直に、自分の名前と その来訪目的を答えてしまったのです。

「え……」
氷河の答えを聞いて、瞬王子は少し驚いたようでした。
ですが、それ以上に驚いたのが、瞬王子の側にいた小間使いたちだったのです。
「泥棒って、もしかして、超イケメンっていう噂の、大泥棒キグナス !? 」
「白鳥みたいに華麗に逃げるから、キグナスって呼ばれてるのよね。本名は氷河っていうんだー!」
「噂通り、超美形! 噂が ほんとだなんて、嘘みたい!」
「ハーデスから瞬王子様を盗みにきてくれたなんて、さすがは正義の味方、弱い者の味方の大泥棒! 素敵ーっ!」
「サイン、くださーい!」
「なに言ってるの、私が先!」
「喧嘩しちゃ駄目よ! 瞬王子様は 喧嘩がお嫌いなんだから!」
「逃がしさえしなきゃ、みんな サインはもらえるんだから、喧嘩はだめ!」
「そうよ、逃がしさえしなきゃいいのよおー!」

氷河の自己紹介と来訪目的を聞いた瞬王子の小間使いたちは、そんなことを きゃーきゃー騒ぎながら、氷河の周りに集まってきました。
そうして、とどのつまり、すなわち、要するに、氷河は お城の衛兵ではなく、瞬王子の小間使いたちに捕まってしまったのです。






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