「ハーデスから瞬を盗みにきた正義の味方の大泥棒だとっ! ふ……ふ……ふざけるなーっ!」
それでなくてもハーデスのことで頭を悩ませていたのに、余計な面倒事が また一つ。
王の前に引き出されてきた誘拐未遂犯を、一段 高いところにある玉座から見下ろして、一輝国王は憤怒の声を広間に響き渡らせました。
平時の冷静な一輝国王でしたら、泥棒が“正義の味方”と呼ばれている国の現状を憂えて、すぐにも改善策を講じ始めていたことでしょう。
けれど、今は平時ではなく非常時。
その上、泥棒が盗もうとしたものは、一輝国王にとっては唯一無二の宝物。
激昂した一輝国王は、どんな審理審判も行なわず、すぐさま氷河の処刑を決めてしまったのです。

「何が正義の大泥棒だ! 貴様が本当に正義のために窃盗行為を働いているのなら、さっさと首を刎ねられて冥府に行き、瞬を諦めろとハーデスを説得してこい! それができたら、これまでの貴様の罪を許して無罪放免にしてやろう!」
たとえこれまでの窃盗行為をなかったことにしてもらえたとしても、それが首を刎ねられたあとでは何にもなりません。
一輝国王の言っていることは無茶苦茶。
でも、瞬王子の身を案じて、一輝国王は それくらい いらいらしていたのです。
彼を責めるのは酷というものでしょう。

とはいえ、処刑されてしまったら、氷河の命は それで一巻の終わり。
この国から 貧しい人たちを助ける正義の味方がいなくなってしまいます。
正義の味方を処刑してしまったら、一輝国王の人気だって がた落ちになってしまうでしょう。
一輝国王は、今はまだ、そこまで考えが及んでいないようでしたけれども。
ともかく、氷河の命は いまや風前の灯でした。

けれど、氷河は、それなら それで構わないと悠然と構えていたのです。
人間に与えられた死ぬ力を使ってしまうと マーマが悲しむような気がして、泥棒の仕事をしながら これまで生き永らえていた氷河でしたが、氷河の心の中のどこかには、さっさと死んでマーマの許に行きたいと思う気持ちがありました。
貴族の館から盗んできた お金や宝石を貧しい人たちに分け与える義賊の仕事も、氷河は そんなに嫌いではありませんでしたけれどね。
でも、氷河の いちばんの、本当の望みは、マーマの幸せ。
義賊の仕事は、あくまでも、自分のいちばんの夢を叶えることができなかった悲しさを忘れるための、いってみれば 埋め合わせの行為でしかなかったのです。
ですから、一輝国王が自分を処刑すると宣言した時も、氷河は平気の平左でいました。
これでやっとマーマのところに行けると、氷河は一輝国王の決定に感謝の気持ちをさえ抱いていたのです。

けれど。
そんな氷河を助けて(?)くれたのは、瞬王子でした。
瞬王子が、『それほどの大泥棒なら、僕を汚すことができるかもしれない』と、一輝国王に提案したのです。
瞬王子の提案に、一輝国王は心を動かされたようでした。

人のものを盗もうなんてことを、清らかな人間は考えません(普通は そのはずです)。
そして、そんなことを考える悪者は、普通は 王様の おふれに引かれて、ほいほい王様のお城にやってきたりはしないものです。
そんなことをしたら、すぐに 捕まってしまいますからね。
現に、一輝国王のおふれに応じて 王様のお城にやってきたのは、法律に反するような罪を犯したことのない者ばかり。
同情できる理由や事情があって、人を信じる心を持てなくなった者たちばかり。
本物の悪人や罪人は、これまで ただの一人も瞬王子の許に来ていなかったのです。

一輝国王は、瞬王子の提案を 試してみる価値のあるものと考えたようでした。
そして、氷河の処刑は延期。
瞬王子を汚し、ハーデスに渡さずに済むようにできたなら、おふれ通りに、この国を半分やろうと、一輝国王は 氷河に約束してくれたのです。






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