「あ、じゃあ、私は これで」 「え? 沙織さんのお友だちなんでしょう?」 白百合の君が、不思議そうな顔になる。 私は、城戸さんのオトモダチなんて大層なものになった覚えはないし、たとえ そうだったとしても、だから どうだって言うの。 「何か お急ぎのご用事が おありなんですか。こんな、時計のない生活をするための場所で?」 いや、だから、私が ここに来た目的は、時計を壊すことじゃなくて。 私は、世にも稀なる美少女二人の前で、平常心を保ててなかったらしい。 『お急ぎの ご用事がある』って言えばよかったのに、私は咄嗟に嘘がつけなかった。 美少女たちのためにも、自分自身のためにも、私は 慌てず冷静に ちゃんと嘘をつけばよかったのよ。 「そういうわけじゃないけど――」 私がそう答えたら、向こうも、 「じゃあ、午後のお茶を ご一緒しませんか? 美味しいお菓子があるんです。沙織さんのお友だちでしたら、歓迎しますよ」 なーんてことを言わないわけにはいかなくなるんだから。 白百合の君に そんな社交辞令を言わせちゃったことを、私は 死ぬほど後悔したんだけど、彼女は社交辞令を言ったつもりはなかったみたい。 「沙織さんのお友だちを 迎えられるなんて、とても嬉しいです」 なんて言いながら、白百合の君は にこにこしてる。 何が嬉しいのよ。 こっちは、宇宙船に拉致される善良なアブダクティーの気分だわ。 何をされるか、気が気じゃない。 美味しい お菓子つきのアフタヌーンティーが、劣等感を刺激されて終わるだけなのが 目に見えてる。 「でも、お邪魔でしょう」 っていう私の応答は、それこそ 本物の社交辞令だったかも。 白百合の君は、もちろん 更なる社交辞令を やわらかな微笑つきで返してきた。 「そんなことありません。特段の用事がないから、散歩していたんですし」 にっこり笑う様子が、ほんとに可愛い。 腹が立つほど、悪意の持ち合わせがなさそう。 白百合の君の清らかな印象は、もちろん かなり特異なんだけど――こういう言い方したら失礼かもしれないけど、城戸さんより 怖くない――っていうか、親しみやすいっていうか。 やっぱり城戸さんは特別な人なんだなーって、再認識。 城戸さんと白百合の君、綺麗の度合いは同じくらいだと思うけど、“すごく綺麗だから”っていう理由だけじゃ、人は人に異質感を覚えるものじゃないみたい。 白百合の君は、特別製の“人間”。 城戸さんは、“人間外”の何かの要素があるような気がする。 にしても、私がさっきから話をしてる この美少女はいったい誰なの。 「あの、こちらの方は……」 特別製とはいえ 私と同じ人間のことを 人外の城戸さんに訊くのも何だけど、この場合は仕方がない。 城戸さんは、私の既知のクラスメイトだけど、白百合の君は 今日初めて会った人だもの。 城戸さんは、私に白百合の君のことを紹介してなかったことに気付いてなかったみたい。 多分 自分の迂闊に苦笑して、城戸さんは私に紹介の労を取ってくれた。 その紹介内容は とんでもないものだったけど。 なにしろ城戸さんは、 「この子は瞬というの。私の弟のようなものよ」 って言ったんだもの。 私は 一瞬、自分が日本語が わからなくなったような気がした。 そして、お食事登場のベルを聞かされたパブロフの犬みたいに(と言ったって、涎を垂らして尻尾を振ったわけじゃないわよ)、何も考えずに反射的に叫んだ。 「おと……おと……おとうとーっ !? 弟……って、弟って、つまり、オトコーっ !? 」 それならそうと、早く言ってよ! そしたら私、遠慮なんかせずに、素直に 美味しい お菓子に釣られた振りをしたのに! 私の大音量の雄叫びに、城戸さんの“弟のようなもの”が、傷付いたような顔で、 「沙織さんのお友だちは意地悪です……」 とか何とか言って、拗ねてみせる。 何なの、この可愛らしさは! でも、違う! 私は、意地悪で雄叫んだんじゃない! 「ちが……違う! 可愛いからっ! 城戸さんより可愛い――あー、それもちょっと違う。城戸さんより綺麗っていう意味じゃなく、城戸さんは美人だけど、白百合さんは可愛いっていう意味で――」 ああ、やだ、私ってば、何を言ってるの。 そもそも 白百合さんって誰よ。 瞬さんって、名前を教えてもらったばっかりなのに、白百合さんも山百合さんもないでしょ、私! もしかしなくても、私、城戸さんに対して すごく失礼なことを言っちゃったのかもしれない。 私の背中を 冷や汗が伝ったんだけど、城戸さんは怒った様子は見せなかった。 むしろ、私の慌て振りを見て、楽しそうに笑い始めた。 「瞬。私のお友だちを慌てさせないで」 なんて言いながら。 うわ。 私、どさくさ紛れに、私、城戸さんの“お友だち”に昇格しちゃった。 「友野さん、ぜひ、いらして。私の別荘は、この林を抜けた、すぐそこなの」 見るからに 人の好さそうな白百合の君なら ともかく、城戸さんに そんなことを言われたら、私ごとき凡人には、もう お茶のお誘いを断れない。 かくして 私は、世にも稀なる美少女と美少年の手で、彼等の宇宙船に拉致されることになった。 |