「あ……えーと。びっくりついでに――瞬さんと氷河さんって、もしかして、そういう関係なんですか?」 「そういう関係?」 「つまり、恋人同士だとか、付き合ってるとか」 そうそ。 放屁問題も重要だけど、それより その件について確かめておかなくちゃ。 城戸さんの答えは、私の期待以上のものだった。 その内容も、その事実を 特別視していないような口調も。 「あ、ええ。そうね。氷河はいつも、世界のすべてより瞬の方を愛していると 公言しているわね」 内容は衝撃的。 城戸さんの声音と態度は平静そのもの。 城戸さんの答えを聞いた瞬間、私は、私の心臓が躍り出すかと思った。 「わあぁぁっ! ほ……ほんとにいるんですね! 出来すぎみたいな、こんな綺麗なカップル!」 ほんと、出来すぎ。 奇跡みたいに出来すぎ。 清らかな白百合と、傲岸な宮廷貴公子の恋。 身分の違いも 価値観の違いも、ただ愛の力だけが乗り越える。 身分も価値観も違う二人を、ただ愛だけが 分かち難く結びつける。 それって、まさにラブロマンスの王道。 超々超々超素敵ー! 私の脳内で、妄想が、華麗かつ軽やかな飛翔を始める。 まさか 現実世界で、こんな奇跡に巡り会うことがあるなんて! 私の心と五感は、大きな感動に打ち震えていた。 「何だ? もしかして、あんた、噂に聞く、腐女子ってやつ?」 あら、星矢くん。 その呼び名を知ってるの。 「フジョシって、なに?」 白百合の君は 知らなくていい言葉よ。 「腐女子というのは、屁負い比丘尼並みに、歴史の陰で暗躍する人間のことだな」 紫龍さんの解釈は、妥当なんだか、大袈裟なんだか。 私は 私の密やかな趣味を大っぴらにする気はないけど、でも、だからって卑屈になるつもりもないわよ。 「高貴で高尚で雅な趣味でしょう!」 好きなものは好き。 『美しいものが嫌いな人がいて?』と、かのララァ・スンも言ってるわ。 「城戸さんたら、ずるい! こんな綺麗なカップルを一人で独占するのは、ルール違反ですよ。独禁法違反! こんな綺麗なカップルは、みんなで分かち合わなくちゃ!」 「え……ええ、そうね……? 独占するつもりはないのだけど……」 私が何を言ってるのか、多分 城戸さんは わかってない。 でも、城戸さんは なぜか 不思議に嬉しそうに笑ってた。 「勝手に分かち合うな!」 城戸さんよりは わかってるのかもしれない氷河さんが、不機嫌そのものの声で 私を怒鳴りつけてくる。 でも、残念でした。 氷河さんが 世界のすべてより愛している瞬さんが、 「いくらでも分かち合ってくださって結構ですから、沙織さんと仲良くしてくださいね」 って言ってるんだから、氷河さんは 私に対して 怒鳴る以上のことはできないわよね。 瞬さんは、“腐女子”の意味も、腐女子がカップルを分かち合うってことが どういうことなのかも わかってないでしょうけど、私には その方が好都合。 寛大にも 自分から自分に萌える許可をくれた瞬さんに、私は笑顔全開で 大きく頷いた。 「ええ、もちろん! 『愛は 地球を救う。そして、高貴な趣味は、人種も民族も国も年齢差も貧富の差も超える』! それが私の永久不滅の絶対持論よ!」 私の力説に、瞬さんは ぽかん。 しばらくしてから、どこか ぎこちなさの残る微笑を浮かべて、瞬さんは、 「国境のない世界は、僕の理想です」 と、不思議で意味不明な呟きを呟いた。 わかってない感満載だけど、世の中には 知らない方がいいこともあるわよね。 城戸さんは城戸さんで、 「世界平和へのアプローチに、そういう方法もあるのね……」 なんてことを、しみじみした口調で言ってるし。 “国境のない世界”に“世界平和”? もしかして、城戸さんの お取り巻き美形集団は、世界を邪悪な力から守るために戦うスーパー戦隊の方々なのかしら? ――なんて、ふざけたことを考えて、そんなことを考えてる自分に、私は 胸中でこっそり笑った。 「城戸さんって、実は滅茶苦茶 面白い人だったのね。知らなかったー」 「お……面白い? 私が?」 あれ。さすがに ちょっと馴れ馴れしかったかな。 城戸さんは戸惑い気味。 でも、嫌がってはいない感じ。 城戸さんの困惑した笑顔は、信じられないほど可愛くて、普通の美少女に見えた。 城戸さんは 嬉しそうに くすぐったそうに笑って、 「そんなに氷河と瞬が お気に召したのなら、二人の子供の頃の写真を お見せしましょうか。みんなで撮った写真が、一枚だけあるのよ」 と言って、掛けていたソファから立ち上がった。 この上 更なる萌え材料を拝見できるなんて、超ラッキー。 私は、喜びの遠吠えを我慢するのに苦労するほど 浮かれまくってた。 その時。 その時だった。 最初に氷河さんが立ってたフレンチドアのガラスが、轟音と共に 一瞬で 砕け散ったのは。 |