幸せの周辺






マチガイ


俺が第一志望の某有名私立大学に受かってしまったことが、多分 何かの間違いだったんだ。
偏差値は15点以上 足りてなかったし、俺がJ大に受かるなんて、教師も友だちも親も思ってなかったろうし、何より当の俺自身が 受かる気皆無で青春の記念に受けてみただけの大学だったんだから。
俺がJ大の経済学部に受かったってことを聞いた高校の友人共は、
「おまえがJ大合格ーっ !? それって何かの間違いだろ!」
だの、
「さすが、マチガイ! おまえの人生って、ほんと間違いだけでできてるよな!」
だのと、褒めてるんだか 馬鹿にしてるんだか 判断に悩む祝辞を 雨あられと降り注いでくれた。

俺の名前はマチガイ――町貝(まちがい)(とおる)っていうんだ。
だもんで、ガキの頃から、事あるごとに、そんなふうに からかわれ続けてきた。
マチガイ、マチガイ、大間違いって。
俺が生まれ育ったのは、北関東にある大規模貝塚で有名な市で、そのせいか 住人の苗字も やたらと“貝”のつく名前が多い。
貝原に貝塚、大貝、小貝なんてのもある。
名前のことを抜きにしても、俺の人生が間違いだけでできてるってのは、あながち間違いじゃないような気がするけどな。
大学入試にしても、青春の記念に受けたJ大には合格したのに、進路指導のセンセーが合格間違いなしって太鼓判を押してくれてた第二志望には 見事に落ちてしまったんだから。

で、それはそれでそれとして。
悪友共には、“青春の記念”なんて言ってたけど、俺がJ大を受けた本当の理由は、同じ学校の ちょっと気になる子の第二志望がJ大だったからだ。
その子――五貝沢(ごかいざわ)夢美(ゆめみ)は、俺とは 家が ご近所さんの、いわゆる幼馴染み。
頭の出来はかなり違うんだが、どういうわけか中学高校と同じ学校だった。
男女の幼馴染み同士には よくあることだと思うんだが、中学に入って色気づいてきた頃から、ほとんど話をしなくなって、高校でも その状態をキープ。
同じ趣味を持ってるわけでもないし、クラブも別。
同じ学校に通ってたって、成績が、上から数えた方が早い夢美と、下から数えた方が早い俺とじゃ、特にきっかけでもない限り、話をする機会なんか ほとんど なかった。

高校を卒業して都内の大学に通うようになったら、多分 俺たちは親の家を出て一人暮らしを始める。
そしたら、俺と夢美は、“家が ご近所さん”でもなくなるわけで。
俺は、まさか自分が青春の記念大学に受かるとは思ってなかったし、夢美が第一志望に落ちるとも思ってなかったから、高校を卒業したら、俺が次に夢美に会えるのは十数年後の同窓会になることもありえると思ってた。
だから、せめて同じ大学の入試を受けたい、うまくすれば入試の時に夢美に会えるかもしれない――っていう、しょーもない理由で、俺は J大を受けたんだ。

そしたら、俺は奇跡の第一志望合格。
夢美は、まさかの第一志望不合格。
俺は、またしても夢美と同じ学校に通えることになったんだ。
同じ学校っていっても、俺は経済学部の経営学科、夢美は文学部の英文科で、学部学科は違うんだが、1年2年のうちは、教養科目で同じ講義を受けることができる。
だから、俺は 浮かれてたんだ。
家の住所と生まれた年以外に 何の共通項もない二人が、小中高大と同じ学校に通えるなんて、これは運命の お導きに違いないって。
西洋史概論の大教室で夢美の姿を見付けた時には、胸中で快哉を叫んだな。
他にも5科目、俺と夢美は同じ講義を取っていた。
それは、まあ、夢美が取りそうな科目を俺が意図的に選んだんだけど。
ともかく、そんなふうに、俺の大学生活は希望に満ち満ちていたんだ。

だけど――そのうち夢美は学校に来なくなった。
そりゃあ、J大は、夢美にとっては、第一志望じゃなく 滑り止め。
夢美にしてみれば、そんな大学のキャンパスに通うこと自体が不本意この上ないことだったのかもしれない。
その上、一人暮らしも初めてで、何か落ち込むようなことがあっても、夢美を慰め励ましてくれる家族は身近にいない。
希望に満ち、意欲満々で入学した学校なら、積極的に交友関係を広げようって気にもなるだろうけど、夢美はそうじゃなかったからな。
スタートダッシュを間違えて、夢美は友だち作りに失敗したんだろう。
講義にも、誰かと連れ立ってくることはなかったし。
だから、俺は、せっかく同じ学校に通ってるんだから、今度 夢美の姿を見掛けたら、偶然を装って声を掛けて、夢美を励ましてやろうって思ってたんだ。






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