ナターシャ II

「ナターシャちゃん……だっけ?」
いつも公園で見る あのお姉ちゃんに そう訊かれて、ナターシャ、スゴク困っちゃったヨ。
マーマは、いつも、ナターシャに、
『知らない人には ついていっちゃ駄目だよ。名前を教えたり、おやつを もらったりしても駄目』
って言ってるけど、そのお姉ちゃんは 初めて会う人じゃないし、全然 知らない人でもなかったカラ。
公園で何度も見てるし、風で飛んじゃったリボンを拾ってもらったこともある。

どうしヨウ。
どうしたらイイノ。
隠れんぼしたいなんて、言わなきゃよかった。
マーマが見えないトコロまで駆けてこなきゃよかった。
でも、隠れんぼのオニになった時、パパはマーマが見てる方を探しにきて、いつも すぐにナターシャを見付けちゃうから、ナターシャはマーマから見えないところに隠れなきゃならかったんだヨ。

どうしヨウ。
パパはまだ 100数え終わらないのカナ。
でも、マーマの言いつけはゼッタイに守らなきゃならないから、ナターシャは黙ってたんダヨ。
そしたら お姉ちゃんは、今度は、ナターシャの前にしゃがんで、ナターシャの顔を見上げて、
「ナターシャちゃんのパパって、すごく かっこいいよね。何してる人なの?」
って、訊いてキタ。
ナターシャの名前を教えるんじゃないなら、答えてもいいヨネ?
ナターシャ、パパのお仕事のコト、ちゃんと知ってるモノ。

「パパのお仕事は、マーマのコイビトだって」
「え?」
「パパがそう言ってた」
ナターシャは ちゃんと正しく答えたのに、お姉ちゃんは信じてない顔。
ナターシャを、嘘つきピノキオを見るみたいな目で見てキタ。
ナターシャ、ちょっと悲しかったの。
ナターシャ、嘘なんかついてないのに。
だから、『ほんとだよ』って言おうとしたの。
でも、ナターシャが そう言う前に、お姉ちゃんが また変なこと訊いてきたカラ、ナターシャ、そう言えなかった。
お姉ちゃんは、ナターシャに、
「ナターシャちゃんのパパは、ナターシャちゃんのほんとのパパなの?」
って、訊いてきたの。

「ほんとのパパじゃないパパって、どんなパパ?」
「それは……生まれた時から ずっと一緒にいたわけじゃないパパとか」
ナターシャ、生まれた時のことなんか憶えてない。
でも、ナターシャが この世界に来た時、パパは そこにいたんだヨ。
それじゃ駄目なの?

「パパは ナターシャのパパだよ! パパはナターシャとマーマが大好きなんだから! お姉ちゃん、どうしてそんなこと言うの……!」
お姉ちゃんは、どうして そんなこと言うんだろう。
パパがナターシャのほんとのパパじゃなかったら、お姉ちゃんはパパをユーカイするの?
それとも、パパをユーカイするのをやめてくれるの?
このお姉ちゃんは、ナターシャからパパを取っちゃいたいの?
パパはナターシャのパパなのに!

「あ……そういう意味じゃ……」
ナターシャが泣きそうな顔になったら、お姉ちゃんは しょんぼりした。
でも、しょんぼりしたいのはナターシャの方だヨ!
「ご……ごめんなさい。あ……あの、じゃあ、ナターシャちゃん、ばいばい」
この お姉ちゃんは、ナターシャを マーマの言いつけを守らない悪い子にしようとしたけど、あんまり強い悪者じゃないみたい。
ナターシャ、そんな気がシタノ。
だって、ナターシャが泣きそうな顔になったら、お姉ちゃんは ちゃんと『ごめんなさい』を言って、そこから逃げようとしたんだモノ。
でも、お姉ちゃんは逃げられなかった。

「貴様、何者だ。よくも、俺の娘を泣かせてくれたな」
「パパっ!」
ナターシャは、ほんとは まだ泣いてなかったし、パパが来てくれたのが嬉しくて、どっちかっていうと笑ってたんだけど、パパは低い声で そう言った。
そうしてから、お姉ちゃんの腕を掴んで、お姉ちゃんの背中側に捩じ上げて、お姉ちゃんを動けなくした。
ナターシャ、このお姉ちゃんは やっぱり 悪い人だったんだって、思ったヨ。
全然 強くない悪い人なんだって。
正義の味方のナターシャのパパは、すごく強くて かっこいい。

でもネ。
そこに、
「あんたこそ、夢美に何するんだっ! 夢美を放せっ!」
って、大きな声で怒鳴りながら、急に 知らない お兄ちゃんが走ってきて、パパに体当たりしようとした。
パパは、そのお兄ちゃんがパパにぶつかる前に、お姉ちゃんを捕まえてない方の手で お兄ちゃんの腕を掴んで、そのまま 地面に放り投げちゃったけど。
パパに捕まえられてたお姉ちゃんが、お姉ちゃんの目の前で尻餅をついた お兄ちゃんを見て、
「マチガイ !? 」
って、声をあげる。

ナターシャ、最初、お姉ちゃんが何を言ってるのか わからなかったんだけど、マチガイっていうのは、そのお兄ちゃんの名前だったみたい。
マチガイお兄ちゃんは、尻餅をついたまま、お姉ちゃんの顔を見上げて、お姉ちゃんに向かって怒鳴った。
「おまえが誰を好きになっても、それは夢美の勝手だ! 俺が口出ししていいことじゃないって、そんなことは俺も わかってる! だけど、よりにもよって、こんな、いかにも怪しい風体の水商売の男に入れあげることはないじゃないか! あげく、ストーカーの真似事をするなんて、全然 おまえらしくないぞっ!」

ナターシャは『フウテイ』と『ミズショウバイ』と『イレアゲル』の意味が わからなかったの。
“怪しいフウテイのミズショウバイの男”っていうのは、パパのこと?
でも、パパは水道屋さんじゃないヨ。
お姉ちゃんは、何を“イレアゲ”たの?
お水?
違うヨネ?
お兄ちゃんのニホンゴがわからなくて、ナターシャは首をかしげたの。

難しいことは、マーマに訊かなきゃならない。
『難しいことは瞬に訊け』がパパの口癖なんだヨ。
難しいことは、パパも ちゃんと知ってるんだけど、パパは それを説明するのがニガテなんだって。
ずっと前に、マーマに、
「アイって なあに?」
って訊いたら、マーマは、
「誰かに幸せになってほしいと思う気持ちのことだよ。そして、その誰かの幸せを嬉しいと思う気持ち」
って、教えてくれた。
「氷河は、ナターシャちゃんに幸せになってほしいと思ってる。ナターシャちゃんが楽しそうにしていると、氷河は そのことを嬉しいと思う。それが愛だよ」
って。
おんなじことをパパに訊いたら、パパは何にも言わずにナターシャを抱きしめて、ナターシャをシアワセな気持ちにしてくれた。
パパにそうしてもらって、ナターシャはマーマが言ってた“アイ”の意味がわかったの。

だから、『イレアゲル』の意味も、マーマに教えてもらわなくチャ。
ナターシャが そう思った時、ちょうどマーマが来てくれた。
「ナターシャちゃん、大丈夫っ !? 」
って言いながら、マーマがナターシャを抱き上げる。
ナターシャが知りたいのは、“抱き上げる”じゃなくて“イレアゲル”だったんたけど、ナターシャは マーマに抱っこされるのも好きダヨ。
マーマに抱っこされると、あったかくてシアワセな気持ちになるから。
ナターシャを抱き上げたマーマが、よそのお姉ちゃんと よそのお兄ちゃんを かわりばんこに見詰める。
パパはとっても強いから、あんまり強くないのにパパと喧嘩しようとした お兄ちゃんとお姉ちゃんが、マーマは不思議だったのかもしれない。
どうして そんなことしようとしたのか、わからなかったのかもしれない。

マーマに困ったような目で見詰められた お姉ちゃんが、急に泣きそうな顔になる。
でも、お姉ちゃんは すぐに、今度は おっかない顔になって、パパの手から逃げようとして暴れ出したんだヨ。
お姉ちゃんは、暴れながら叫んだ。
「あ……あなたは、世界征服を企む宇宙人なんでしょっ! 私、知ってるんだから! ナターシャちゃんとナターシャちゃんのママは、あなたに騙されてるのよっ!」
って。

「……なに?」
「えっ」
「夢美……?」
パパもマーマも、知らない お兄ちゃんも、顔をくしゃくしゃにしてコーフンしてる お姉ちゃんを見て、ぽかん。
ナターシャも、全然 意味がワカラナカッタヨ。






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