夢美

初めて公園で見かけた時は、なんて綺麗な家族なんだろうって思った。
イタリアかフランスあたりの豪華な歴史映画に出演させたいような カッコいいパパと、少女だった頃の聖母マリアみたいに綺麗で優しそうなママ、砂糖菓子みたいに可愛い女の子。
私みたいな平凡な容姿の女子には到底 手の届かない、出来すぎって思うくらい綺麗で理想的な家族――家庭。
公園に行くたび、その綺麗な家族がいるかいないかを確かめて、もし いたら、その綺麗な家族が いちばんよく見えるベンチに陣取って、私は その3人を飽かず眺めてた。
自分の今と 自分の将来を考えることから逃げるみたいに。

第一志望の大学に落ちた私は、一度は落ちた大学に、来年 再チャレンジするかどうかを悩んでたのよ。
浪人するのは、なんかカッコがつかないから、とりあえず第二志望だったJ大に入学はしたんだけど、でも、合格確実って言われていた第一志望を落ちて ここにいるんだって思うと、私の気持ちは沈むばかり。
かといって、来年 再チャレンジする決意も、時間が経つにつれて 徐々に どこか薄れてきて……。

私、大学に入って、高校での成績がよかったことなんて、何の取り得でもないってことを知ったのよね。
大学って、一応 学力はおんなじレベルの学生が集まってることになってるじゃない。
そんな中では、とにかく、可愛い子が注目されるの。
私、おしゃれなんかしたことないし、彼氏いない歴イコール年齢だし、何か勉強したいことがあって大学に入ったわけでもない。
自分が見掛けも中身も ださださな女なんだってことに、私は 滑り止めの大学に入って初めて自覚した。
第一志望の大学を受け直して入学したって、状況は おんなじだろうって思った。
幸せそのものの家族を眺めながら、幸せって何なんだろうって、そんなことを、私は毎日ぼんやり考えてた。

ああいうの、5月病っていうのかな。
ちょっと違う気もするけど、とにかく私は毎日 欝々としてた。
来年 第一志望の大学に再チャレンジするのなら、今の大学で 友だちを作るのも無意味だと思うと、誰かと交友関係を築こうって気にもなれなかったし。
生まれて初めて親元を離れて、一人暮らしを始めたせいもあったかもしれない。
自分の部屋に帰っても、『ただいま』を言う相手もいないのって、初めての経験だったから。
私は、学校でも、自分の部屋に帰っても、どうしても“ここは私の居場所じゃない”って気持ちから逃れられずにいた。

あの日も、私は いつものように、ナターシャちゃんたちの姿が見えるベンチに座って、幸せの構図を ぼんやりと眺めてたのよ。
天気のいい日だった。
公園の中の木の葉っぱや タイル張りの遊歩道や階段が、光の照り返しで 眩しかった。
そんな眩しい光の中で、ナターシャちゃんのパパが突然 消えた。
ほんとに一瞬で、どこかに移動した気配もなく、私の目の前で ふっと消えたのよ。

最初は錯覚だと思った。
公園の中は光でいっぱいだったし、ナターシャちゃんは すぐ側にいたパパの姿が消えたことに気付いてないのか、それまでと同じように 一生懸命 石蹴りしてたし。
私、ナターシャちゃんのパパがいたところを、何度も目をこすって、見直したのよ。
でも やっぱり消えてた。
そんな馬鹿なことがあるはずないって思って、ベンチから立ち上がりかけたら、消えた時同様、ナターシャちゃんのパパが またふっと現れたのよ。
ナターシャちゃんのパパは、消える前には持ってなかった、子供用の帽子を手に持ってた。

ナターシャちゃんのパパは一瞬 どこかに消えて、その帽子を持って、また一瞬で公園に戻ってきたのよ。
そうとしか考えられない状況だった。
他に どう考えればいいの。どう考えられるの。
私、直感的に、ナターシャちゃんのパパは 超能力者か宇宙人なんだと思った。
十中八九、宇宙人。
人間にしては顔とかスタイルとかが出来すぎで整いすぎてるし、表情が ほとんどない。
きっと 宇宙人だから、地球人のことが よくわかってなくて、地球人に化けきれないでいるのよ。

あの日は ほんとにいいお天気で、公園は、なんていうか、平和そのものだった。
でも、だからこそ 私はぞっとしたの。
あったかい日だったのに、身体が芯から冷えてきた。
この平和で穏やかな光景も、幸せそのものに見えていた理想の家族も、すべては儚い幻想にすぎなくて、人間の皮を剥ぎ取った宇宙人の手によって 今すぐ壊されてしまっても不思議じゃないものなんだって思ったら、恐くて仕様がなくなった。
私の我儘をきいてJ大への かりそめ入学を許してくれたパパや、私の一人暮らしを すごく心配してたママの顔を思い出して、高校の時の友だちや、近所の小学校に通ってる子供たちの無神経で騒がしい声を思い出して、私は震えあがった。

第一志望の大学も、滑り止めの大学も、幸せな家庭も、世界が平和だからこそ あり得るものよ。
優雅に進路のことを悩んだり、幸せの定義を考えてる場合じゃない。
この世界が宇宙人に支配されちゃったら、それどころじゃなくなる。
私、パパやママや友だちや――とにかく、人間のために、宇宙人の陰謀を阻止しなきゃならないって思ったのよ。
幸せが何なのかは知らないけど、その人たちが宇宙人に滅ぼされちゃったら、私が絶対に幸せになれないことだけは確かだもの。

でも、私は 何の力もない ただの女子大生だし、ナターシャちゃんのパパは宇宙人なんですって叫んで 交番に駆け込んでも、お巡りさんが 私の言うことを真面目に聞いてくれるわけもないでしょ。
だから、ナターシャちゃんのパパが宇宙人なんだっていう決定的証拠と、できれば宇宙人の弱みを見付けようと思って、私は大学の講義そっちのけで 公園に通って、ナターシャちゃん一家の観察を始めたの。
そりゃあ 私は何の力も持ってない、ただの女子大生だけど、超光速宇宙船を造れるナメクジ型宇宙人を、小学生が塩を降り掛けて撃退したSF小説を読んだことがある。
絶望は愚か者の結論だって、ディズレーリも言ってる。
すべての絶望は勘違いだって、どっかのミステリー小説家も書いてた。

私は諦めないわよ。
自分が馬鹿なせいで不幸になるなら仕方がないって思えるけど、宇宙人のせいで みんなの人生と私の人生を狂わされるなんて、私、絶対、納得いかないもの!






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