「二人で一緒にどっかに出掛けてたんじゃなかったのかよ? 二人 揃っていないから、俺、てっきり……」 「別々に帰ってくるから おかしいとは思っていたが……。一日、瞬を尾行していたとは、まるで興信所の浮気調査員だな」 笑顔など 滅多に作ったことはないので、いつも通りに見えているだろうと思っていたのに、白鳥座の聖闘士が全く いつも通りでないことは、彼の仲間たちには お見通しだったらしい。 「おまえ、なに、そんなに ふてくされてるんだよ」 「おまえ、もしかして、落ち込んでいるか?」 帰宅するなり、“いつも通り”でないことを 星矢と紫龍に指摘された氷河は、諦めることを知らないアテナの聖闘士のしつこさで、二人に その訳を追及され、結局 すべてを白状させられてしまったのである。 瞬の身を案じる(?)白鳥座の聖闘士の 熱き友情に(?)、星矢と紫龍は 揃って 呆れた顔になった。 「浮気ってのは、夫婦とか 婚約者同士とか 恋人同士とかの間で起こり得るトラブルだろ。氷河のは浮気調査なんかじゃなく、単なるストーキングだよ。こいつ、余裕 ぶっこいて、今まで 瞬に 好きだとも何とも言ってなかったんだから」 「それで、瞬が、自分より大人の 強くて優しくて 甲斐性もあって 顔もスタイルもいい男と一緒にいるのを見た途端、焼きもち発動。おまえは これまで、十人並みの男共が 瞬に近付いてきても、いつも鼻で笑っていたではないか。この対応の違いは何だ。やはり、顔か」 『顔か』と問われれば、『それもある』と答えるしかない。 アルベルトサンの顔は、白鳥座の聖闘士のそれとは、真逆といっていい代物だった。 造作ではなく、その印象が。 「瞬は――人は、やはり、あんなふうに優しげな顔をした奴を好きになるものなんだろうか」 「なんだよ。おまえ、まさか本気で落ち込んでんの?」 星矢は、仲間のストーカー行為より、むしろ そのことの方に驚いているようだった。 素頓狂な声をあげ、いつになく悄然としている氷河を まじまじと見詰める。 「あんなふうが どんなふうなのかは知らないけど、そりゃ、不愛想よりは優しそうな方がいいに決まってるじゃん。おまえだって、自分より瞬の方が好きだろ」 「それは……普通、そうだろう」 「そ。それが普通なんだよ」 改めて言われなければ わからないことではなかったのだが、改めて言われるとダメージが大きい。 氷河はネガティブモードに入り、意識せずに 室温を下げ始めていた。 それで適温になるのなら、好きなだけ落ち込ませておいてくれたのかもしれないが、氷河の仲間たちは、白鳥座の聖闘士の辞書に“適温”という言葉が載っていないことを知っている。 下がっていく室温に慌てた様子で、紫龍は速やかにフォローを開始した。 「確かに、人は、普通は不愛想な似非クール気取りの男より 優しい男の方に好意を抱くものだろう。そのアルベルトさんとやらが、見るからに温厚篤実で、おまえより包容力のある大人なのだとしたら、もちろん瞬も大いに好意を抱くだろうが、瞬は必ずしも普通とはいえない人間だ。おまえにも希望がないわけではないさ」 「なに?」 「合気道の師範といったところで、その戦闘力は アテナの聖闘士のそれに比べれば 赤ん坊レベル。優しげというだけでは、本当に優しいのかどうかもわからず、事実 優しいのだとしても、瞬ほどではないだろう。顔の造作がよかったとしても、所詮 そんなものは骨格と肉と皮の質の問題、おまえとアルベルトさんとやらで 大きな違いはないはず。大人なんてものは、時間が経てば おまえでもなれるものだ。おまえが そのアルベルトさんとやらを、いつものように鼻で笑ってしまえないのは、瞬が その人物に特別な好意を抱いているように見えるからで、決して おまえが不愛想だからではない。元気を出せ」 「紫龍……。それで元気を出せたら、氷河は正真正銘のマゾだって」 まったくフォローになっていないどころか、むしろ氷河に とどめを刺しにいっているとしか思えない紫龍に、さすがの星矢が青ざめる。 自身のフォローが逆フォローになっていることに気付いた紫龍が 顔を強張らせた時には既に、氷河の心は龍座の聖闘士の放ったフリージングコフィンによって 絶対零度の氷の棺の中に閉ざされてしまっていた。 もちろん、室温も低下の一途を辿っている。 「ああ、いや、何だ。瞬が そのアルベルトさんとやらに どれほど好意を抱いていても、彼は所詮 畳を買いに来ただけの外国人旅行者。用が済めば国に帰るだろう。そうなれば、瞬は すぐにまた、おまえの世話係に戻るに決まっている」 フリージングコフィンの中に 心を閉じ込めてしまった人間の耳に、他者の声は届くのか。 瞬に温めてもらうのが最善にして最も確実な救済法だということは わかっているのだが、へたに瞬に事情を話して ストーカー認定を食らってしまったら、氷河は一生 立ち直ることができないだろう。 そう思うから、星矢と紫龍は、瞬を呼びに行くことができなかった。 「さっさと瞬に 好きだって言って 既得権を確保しとけばよかったのに、余裕ぶっこいて悠長に構えてるから、こんなことになるんだよ。今の氷河には、瞬が誰と どこに出掛けて 何をしてようが、怒る権利もないからなあ……」 「いや、氷河のこれは、余裕というより油断だろう。瞬も自分のことを好きでいてくれると、何の根拠もなく思い込んでいて、その油断と思い上がりが、氷河に初動を誤らせたんだ」 「それって、ただの自業自得じゃん」 「まあ、そうとも言うな」 仲間の心が真冬の東シベリアの海よりも冷たく凍りついているというのに 言いたい放題をしている星矢と紫龍が友だち甲斐がないのか、彼等に そこまで言わせてしまう白鳥座の聖闘士こそが腑甲斐ないのか。 それでも、諦めの悪さが最高最大の取り得であるアテナの聖闘士。 氷河は翌日にはフリージングコフィンからの脱出を果たし、またしても一人で城戸邸を出ていった瞬の尾行を始めたのである。 |