一般人であるところの刑事が、一般人なのか非一般人なのかがわからない大男を連れて 城戸邸を出ていったあと、完全に非一般人であるところのアテナの聖闘士たちは、ラウンジで今後の対応についての相談を始めることになったのである。

「沙織さんに知らせた方がいいのかな……」
あまり気乗りのしない声で――もとい、全く気乗りのしない声で――瞬はまず そのことを議題にした。
現在の聖域は、沙織を、正当かつ正統なアテナと認めている。
とはいえ、つい先日まで アテナと彼女に従う青銅聖闘士たちは聖域にとって逆賊だったのだ。
力を示すことで、黄金聖闘士たちを納得させることはできたが、むしろ、力で説得できない聖域の一般人(?)の方が、急激な聖域の体制変化を受け入れられずにいる――ということも あるかもしれない。
沙織の降臨まで、偽りの教皇であるサガは、黄金聖闘士、白銀聖闘士たちのみならず、聖域のすべての人間を 自身に従えていたのだ。
新体制に不満を抱えている者がいないとは限らない。

「聖域では見掛けたことのない顔だけど、俺たちも、聖域の人間の顔を 全部知ってるわけじゃないからなぁ。邪神の手先でないなら、聖域の新体制への不満分子が差し向けた刺客ってこともあるかもしれないけどさ。聖域の外部の敵にしろ、内部の不満分子の手先にしろ、エスカレーターで頭打って、自分の務めを忘れるなんて、そんな間抜けな刺客がいるもんかなあ」
「事実は小説より奇なり、現実は妄想より奇なりと言うぞ」
真面目に言っているのか、まぜっ返しているのかの判断が難しい紫龍のコメント。
それが まぜっ返しだったとしても、瞬には それを “一考の価値なし”と 切って捨てることはできなかった。

「でも、刺客なら――刺客が写真を持つなら、それは沙織さんの写真なんじゃないかな。ううん、そもそも写真なんて いらないでしょう。覚えればいい。沙織さんは、誰かと見間違われるような容姿はしていないもの」
「それは おまえも同じだ」
今度は 氷河が、“一考の価値なし”と 切って捨てることのできない意見を述べてくる。
瞬は、氷河の意見も切って捨てることはしなかった。
アテナと彼女の聖闘士たちは、それが いいことなのか悪いことなのかという問題は さておいて、誰もが目立つ容姿の持ち主だったのだ。

「彼が本当に聖域からの刺客だったなら、へたに刺激して、せっかく忘れてくれている目的を思い出させるようなことはしない方がいいだろうし」
「あのデカ男が 聖域の刺客だったとしても、記憶を失ってる限りは、無害な一般人なわけだしなあ」
「うん……」
もし 彼が、聖域にもアテナにも全く関わりのない一般人であるなら、沙織に知らせて、彼女に手間を取らせるようなことはしたくない。
もし 彼が聖域のからの刺客だったとしても、沙織に知らせずに事態を治めてしまいたい。
――というのが、瞬の本音だった。
アテナを拒む者が聖域に存在するという事実を沙織の耳に入れ、彼女を悲しませるようなことはしたくないのだ。
黄金聖闘士と互角以上に戦うことのできた自分たちなら、聖域からの刺客を アテナに知らせることなく撃退することは、さほどの難事ではないだろうとも思う。
思うのだが。

瞬が結局、沙織に報告しようという仲間たちの考えに賛同したのは、『悪い報告ほど早く』が組織に属する人間の鉄則だという紫龍の意見に 反論することができなかったからだった。






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