協力ができないなら、せめて邪魔はするな。
五老峰にいる間だけでも、できる限り紫龍と春麗を二人きりにしてやれ。
老師の命令は、結局 そういうところに落ち着いた。
老師は、紫龍と春麗に あれこれと用事を言いつけて 二人を家に残し、廬山観光と称して 邪魔者たちだけを あちこちに連れまわしてくれたので、星矢たちには さしたる不満もなかったが。
もとい、星矢と瞬には不満はなかったが、氷河には不満があった。
そもそも氷河は、五老峰に避暑に来たのであって、観光に来たのではない。
紫龍と春麗を二人きりにしてやることは思いつくのに、なぜ白鳥座の聖闘士とアンドロメダ座の聖闘士を二人きりにしてやろうという考えは湧いてこないのか。
何より 自分たちは老体の お守りをするために こんな山奥にまでやってきたのではない――等々、氷河の心中は不満だらけ。

招待され、その招待を受けたのであるから、もてなしの内容に文句を言うのは礼に反することなのかもしれないが、そういった氷河の不満も決して ゆえなきものではなかったのである。
廬山観光案内と言って青銅聖闘士たちを連れまわしながら、その観光を誰より楽しんでいるのは、招待主の老師当人であるようにしか見えなかったのだ、氷河には。
『ここが顧ト之が“廬山図”に描いた山』、『ここが李白が“廬山謠寄盧侍御虚舟”に歌った谷』と、案内されているうちはよかったが、仙人洞や蘆林湖畔等、観光客が行き交う場所に来ると、もう いけなかった。
土産物屋を冷やかしてまわり、理由をつけて酒を飲みたがり、若い女性と見ると見境なく 声をかける老師の浮かれぶりは、到底 黄金聖闘士の振舞いとは思えない。
軽薄を通り越して軽率。
あまりに軽すぎ、あまりに能天気すぎて、お供(お守り)の青銅聖闘士たちは はらはらし通しだったのだ。


「死語かもしれないけど、老師には“きゃぴきゃぴ”って形容が ぴったりだぜ。まあ、いいけどさあ」
「そうだね。でも、老師は楽しそうだから いいじゃない」
「“楽しそう”で済ませていいのかよ、あの おふざけを。若い女と見ると、鼻の下 伸ばして、尻を追いかけてくし……。あんなのが聖闘士の重鎮で、聖域は大丈夫なのか? つーか、あんなのが師匠で、よく 紫龍みたいな堅物聖闘士ができあがったもんだな」
「反面教師だろう」
「おまえんとこは、同類師弟だもんな。どっちがいいとも言えないけど、おまえ等に比べると、ウチの魔鈴さんは、おっかなくて厳しくて、散々だったのに。まあ、おかげで、俺は おまえ等と違って、こうして良識ある聖闘士になれたけどさ」
「俺に良識がないと言っているように聞こえるが」
「あるつもりなのかよ! 良識が、おまえに!」
「なに?」
平均気温17度の観光地で 冷たい小宇宙を燃やすのは、傍迷惑以外の何物でもない。
瞬は慌てて、氷河と星矢の間に 別の話題を割り込ませていった。

「でも、老師の気持ちもわかるよ。老師にとって紫龍と春麗は我が子のようなものなんでしょう。二人に幸せになってほしいって、老師が願うのは当然のことだよ」
人の親になったことはないし、親の愛が どのようなものなのかも知らない。想像することしかできない。
それでも、愛する者たちの幸福を願う人間の気持ちは、瞬にもわかる。
わかるからこそ。

五老峰に来て その招待の理由を知らされた時から、瞬は 一つの懸念、一つの不安に囚われていたのである。
『もしかしたら 老師は、紫龍をアテナの聖闘士に育てあげてしまったことを後悔しているのだろうか?』
もし老師が紫龍を聖闘士に育てあげたことを悔いているのなら、それは老師自身が聖闘士である自分を是としていないということだろう。
瞬には、それは ひどく切なく悲しいことだった。






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