『一度だけ、会いましょう。会うことしかできませんが、明日、正午、スターヒルの麓で待っています』
氷河の許に、氷河が聖衣を授かってから途絶えがちになっていた手紙が届いたのは、それから2日後のことだった。
6年間、名すら名乗らなかった人からの、突然の申し出。
短い手紙を読み終えた瞬間に、これは吉兆なのか 凶兆なのかと、まず氷河は疑った。

聖衣を得た時、『おめでとう』の手紙をもらった。
初めて聖域の外での敵とのバトルで気負いすぎ、実力的には圧倒的に優位にあったにもかかわらず苦戦して落ち込んだ時、励ましの手紙をもらった。
その後、まるで氷河を聖闘士にすることが 彼女の目的だったかのように、彼女からの手紙は途絶えていた。
そうして、久し振りに届いた手紙の用件が『一度だけ、会いましょう』なのである。
『一度 会ったら、そのあとはない』ということなのではないかと、氷河が不安になったのも当然のこと。
しかし、例によって 勝手に脇から手紙の内容を覗き見た星矢たちの反応は、氷河とは対照的に、至って楽観的なものだった。

「やったじゃん、氷河。会って名前さえ聞き出せば、こっちのもんだぜ。名前がわかれば、こっちからも手紙を出せるんだから」
「氷河が 女と文通を始めるのか? 文通なんて、およそ この阿呆の柄じゃないだろう。それより、今後も会えるように、何とか手筈を整えるのが最善だ」
「うむ。氷河に文通は無理だろうな。だが、顔がわからなくても、名前と姿さえ わかれば、相手は聖域の内にいるんだ、探し出すことはできる。『一度だけ』というのも、ただの遠慮なのかもしれんし」
星矢たちは完全に、氷河の恋の応援態勢に入っていた。
女であることを捨てて聖域に入った女子が 恋の相手では、氷河の恋の成就は決して容易なものではないだろう。
それでも、挑戦もせずに諦めるのは、彼等の行動規範にはないことだったのだ。

彼等にしてみれば、氷河を6年間も見守り力付け続け、氷河を聖闘士にしてくれた“誰か”は、氷河の仲間にもできなかったことを成し遂げてくれた人間――氷河のマーマにしかできなかったことを成し遂げてのけた偉大な人物。
その“誰か”は、氷河の人生に必要不可欠な存在なのだ――という考えがあったのである。
氷河をけしかける星矢、一輝、紫龍の陰に隠れて 瞬だけが、どこか 不安と懸念が入り混じったような目で、不安と期待が入り混じったような目をした氷河を見詰めていた。






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