翌日、待ち合わせの時刻、待ち合わせの場所にやってきたのは、美しく長い金髪を風に揺らしている颯爽とした少女だった。
もちろん その顔は仮面で隠されていて、彼女の表情を窺い知ることはできない。
聖闘士になるための鍛錬を積んだ身体は、聖域の外の世界の女性たちのように 痩せぎすでもなければ、無駄な贅肉もついていない。
女性的なラインを失っていない均整のとれたプロポーション。
もし 彼女が長いドレスを身に まとっていたなら、『(顔以外は)マーマの少女時代も こうだったのかもしれない』と、氷河に思わせることができていたかもしれない。
彼女が 氷河に そんな想像を抱かせてくれたのは、出会った瞬間の、2秒にも満たない短い時間だったが。

美しく豊かな金髪。
申し分のないプロポーション。
だが 彼女には、氷河の思い出の中にある彼の母の優しさ、やわらかさ、温かさが、まるでなかったのだ。
聖闘士になるための鍛錬を積んできただけあって、所作が きびきびしている。
動きに全く無駄がなく、機能的、効率的。
“鋭い”と表しても あながち間違いではない彼女の所作は、聖闘士としては妥当なもの。
理想的と言っていいものである。

氷河の母は そうではなかった。
氷河の母の動きは無駄が多く、しかも かなり ゆっくりしていた。
だが、それは、彼女の身体能力が劣っていたからではない。
無論 聖闘士に比べれば、氷河の母の身体能力は格段に劣っていただろうが、彼女の所作の無駄や緩慢、やわらかさは、氷河を傷付けないためのもの、氷河に やわらかく接するための 優しさ、思い遣りが作るものだったのだ。
今 氷河の前にいる金髪の少女には、その優しさ、思い遣りが感じられなかった。
彼女の無駄がなく効率的で鋭い所作を見た氷河は、『これが、本当に、あのマーマのような手紙を書き綴ってくれた人だろうか』と疑ってしまったのである。

しかし、彼女が あの手紙の送り主であることは間違いのないことのようだった。
スターヒルの麓。
氷河が立っている場所より 少し小高くなっている場所に立ち、氷河を見おろして、
「あたしは口下手で、照れ屋なんだよ。手紙でなら 言いたいことも言えるけど、面と向かってだと、言いたいことも言えないんだよ!」
と怒鳴りつけてきたところを見ると。

「6年前、あたしは、あんたが聖域を追い出されそうになっていることを知った。やる気を出しさえすれば、あんたは 聖闘士にだって何にだってなれるのに。あたしの目的は、あんたを死なせないこと、あんたを聖闘士にすること。その目的は果たしたから、あたしからの手紙は これきりにさせてもらうよ!」
無駄なことが嫌いらしい彼女は、一気に――本当に一度も息をつかずに――乱暴な口調で、氷河に そう宣言した。

その事実を伝えることが、氷河に“一度だけ会う”彼女の目的だったらしい。
無駄なことが嫌いらしい彼女は、彼女の目的を果たすと、氷河の返事も待たずに、
「じゃあ、そういうことで」
とだけ言い置いて、無駄のない機敏な動きで、実に思い切りよく――つまりは、あっさり――氷河の前から姿を消してしまったのである。


名前を聞き出すどころか、氷河は、『ありがとう』の一言さえ口にすることができなかった――その時間が与えられなかった。
だというのに、その出会いと別れが機能的効率的すぎて、氷河は、何もできなかった自分を悔やむことすらできなかったのである。
“口下手で照れ屋”という彼女の自称が事実だったとしても、彼女と あの手紙の内容は あまりに乖離しすぎている。
機能的効率的と言えば 聞こえがいいが、別の言い方をすれば、粗野粗暴。
この6年間、氷河の心を慰め、癒し、励まし続けてくれた あの手紙には、温かく やわらかな優しさと、細やかな気遣いが にじみ出て――否、あふれ出ていたのに。
あの手紙と、無駄なことの嫌いな効率重視女子。
その両者は、氷河の中では どうあっても――1寸たりとも重なるところがなかった。






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