「俺は、瞬が女の子になったような、大人しくて控えめで、細かいところに気が付く、優しくて可愛い子を想像していたんだ。なのに、あれは、ただの威勢のいいイノシシだ」
氷河にとって 彼女は、いわば命の恩人である。
その命の恩人に対して、“威勢のいいイノシシ”とは。
鷹揚、大雑把を身上にしている星矢でも、氷河の恩知らず振りには、さすがに呆れてしまったのである。

「おまえ、いったい どんな夢 見てたんだよ。この聖域にいる女は、気の強い女聖闘士と 気の強い女聖闘士候補だけ。瞬みたいに大人しくて控えめな子なんかいるわけないだろ。まして、瞬みたいに可愛い子なんて、おまえ、いろいろ夢見すぎだって」
「いや。瞬のように可愛い子でないことは、まだ未確定だろう。そこは まだ夢を持っていても いいのではないか」
紫龍の それは、氷河の“落胆”を“絶望”にしないための気遣いだったのか、それとも、効率重視女子の名誉を守るためのフォローだったのか。
どちらであったにしても、星矢の返事は、夢も希望もないものだった。

「瞬より可愛い女の子なんて、そこが いちばん夢見ちゃいけないとこだろ。氷河、夢見すぎると、現実の方が悪夢になるからな。クールになれよ」
「……」
星矢の忠告は、現実的である。
氷河も そこまでの夢を見るつもりはなかった。
「無論、俺は あの手紙から あふれ出ている優しい気持ちにこそ、好意を抱いたんだ。彼女が どんな外見をしていても構わない……が……」
肝心の優しさが、彼女からは感じ取れなかったのだ。
彼女は むしろ、氷河に“一度だけ会う”ことも無駄と考え、その無駄に苛立っているようだった。

氷河が 手紙の主を“瞬が女の子になったような、大人しくて控えめで、細かいところに気が付く、優しくて可愛い子”だと想像していたのは、逆説的ではあるが、手紙の主が瞬ではないことが わかっているからだった。
だから、“瞬のような”なのだ。

氷河がフクロウから あの手紙を受け取る時、氷河は仲間たちと一緒にいることが多かった。
フクロウ郵便は、聖域の“間接的”情報伝達手段だが、手紙を出す当人が 手紙を届ける人の名を“直接”フクロウに告げ、手紙を出す当人が“直接”自分の手で、この聖域内で、フクロウを飛び立たせなければならない、“直接的”情報伝達手段でもあった。
その手紙は、10分以内に宛先に届く。
他人を装った偽りの手紙を出すことを許さず、誤った人に手紙が渡る事態を避けるための、それは基本的かつ絶対のルールだった。
つまり、瞬がいる場所で、瞬が出した手紙を受け取ることは不可能なのだ。

そのルールがなかったら、俺は 手紙の送り主を“瞬のような人”とは思わず“瞬”と決めつけていただろう――と。氷河は思った。
これまで そんなことは考えたこともなかったが、とにかく氷河は そう思った。

あの手紙は、いかにも瞬が書きそうな内容だったのだ。
控えめで大人しく、いつも仲間たちを見詰めていて、細かいところに気が付き、優しい所作と優しい心で 仲間たちを気遣い、そして マーマを知っている瞬。
瞬が、母を失って消沈している仲間の心を案じ、その母のように力付けようとして手紙を書いたなら、おそらく あの手紙になる。
頭のどこかに そういう考えがあったから、氷河は 手紙の主を、瞬のような(女の)子に違いないと想像していたのだ。
それが、“瞬のように優しく可愛い”どころか“効率重視の粗野粗暴”。
氷河の夢は、見事に打ち砕かれてしまったのである。

「おまえだったら よかったのに」
いつもの通り、仲間たちの陰に隠れているような(実際に隠れているわけではない)瞬に、氷河は 覇気のない声で呟いた。
「え?」
「あの手紙を俺にくれたのが おまえだったら、俺は こんなにがっかりせずに済んだのに」
「……」
仲間たちの言葉、仲間たちの行動を、いつも従順に優しく受けとめる瞬が、一瞬――ほんの一瞬だけ――その瞳に非難の色を浮かび上がらせる。
氷河が その色を奇異に思い 眉をひそめた時にはもう、瞬は その瞼を悲しげに伏せてしまっていた。






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