「どうして 氷河は、あんなに兄さんに対抗意識を燃やすの。マーマと僕のどっちかを選べって言われたら、氷河だって困るに決まってる。それが 無意味で馬鹿げた質問だってことくらい、氷河にだって わかってるはずでしょう!」
「うん。確かに それは 無意味で馬鹿げた質問だな。俺に あんまんと肉まんのどっちかを選べって言ってるのと おんなじだぜ」
「全然 違います!」
さすがに中華まんと同列に語られるのは不本意だったのか、瞬が星矢の意見を言下に否定する。
その遠慮も容赦もない否定振りに、星矢は口を尖らせた。

星矢には それは、結構な重要問題だったのだ。
いつもなら無条件で全面的に瞬の味方につく星矢が、少しは氷河の立場も考慮してやろうという気になったのは、つまり彼が あんまんと肉まんを 心から愛していたからだった。
その場に氷河がいなかったことも――瞬と星矢しかいなかったことも――氷河の肩を持つことを、星矢に躊躇させない要因になった。
氷河が その場にいたら、星矢は絶対に氷河を弁護するようなことはしなかっただろう。

「氷河が それを気にするのは、マーマと違って 一輝が生きてるからだろ」
「えっ」
中華まんから離れた途端に、核心を突いたコメント。
星矢の鋭い指摘に、瞬は虚を衝かれた。
「氷河は、マーマとおまえのどっちかを選べって言われても――言われなくても、おまえを選ぶしかない。だけど、おまえは、一輝を選ぶことも氷河を選ぶこともできる。この差は大きいだろ」

瞬は もちろん、兄と氷河の どちらかを選ぶようなことをするつもりはなかったのである。
一方を選んで、もう一方を切り捨てることなどできない。
そういう意味で、氷河と一輝は、瞬にとって“選べないもの”だった。
氷河も同じだろうと思うから、瞬は氷河に、「『マーマと僕の どっちが好き?』と訊かれたら、氷河も困るでしょう」と言い返すことができたのである。
それが氷河には“(瞬を選ぶしかないから)選べない二択”だったとは。
「あ……僕、そんなつもり……」
瞬は、そんなふうに考えてはいなかった。
そんな残酷なことを言ったつもりもなかった。

「要するに、氷河のあれは、自信の無さからくる不安が言わせる 世迷い言なんだよ」
瞬に そんなつもりがなかったことを承知している星矢が、瞬のために話を本筋に戻す。
「それで、おまえに『一輝に決まってる』って答えられたら、氷河の不安は ますます大きくなるだけだ」
「どっちも好きで、どっちも大事じゃ駄目なの」
「駄目だろーなー」
駄目だから、氷河は そこにこだわるのだ。
一輝が生きている限り、氷河は『俺と一輝のどちらが』にこだわる。
実際 彼は、殺生谷で一輝が死んだと思われていた時期、瞬が兄のことばかり気に掛けていても、何も言わなかった。
むしろ、それが当然だと思っている節さえあったのだ。

「ま、ここは おまえが折れてやるしかないと思うぞ」
星矢が、瞬と氷河の冷戦(武力を用いていない戦い――という意味での冷戦)を終結させる方法を提案してくる。
そう言われても、瞬は どうすればいいのかが わからなかった。
「どう折れればいいの。一度『兄さんの方がかっこいい』って答えちゃったあとで、『やっぱり氷河の方がかっこいい』って言ったって、氷河はそれを 場を治めるための嘘か方便だと思うでしょう。まして『兄さんより氷河の方が好き』って答えたら、それは嘘になるよ。僕、氷河と兄さんを比べたことなんかないんだから。比べたりする必要もないと思ってるんだから」
「まあなー」

星矢にも、具体的な“折れ方”についてのアイデアはないらしい。
お手上げ状態を示すために 肩をすくめた星矢の前で、瞬は深い溜め息をつくことになったのである。
「どうして 僕、氷河みたいに ややこしいのを好きになっちゃったんだろ」
瞬の『ややこしいの』という言い方に、星矢が苦笑する。
だが、確かに他に言いようがない。
瞬の言う通り、氷河は ややこしい男だった。

「一応、好きなことは好きなんだ」
「……」
好きなことは好きなのである。
好きでなかったら、瞬とて、こんなことを真面目に悩んだりしない。
「でも、このことに関しては、僕、折れようがないし、謝りようもないよ。だって僕、ほんとに どっちかを選ぶなんてできないんだもの……」
「そりゃそーだ」
瞬に しょんぼりされると、星矢はやはり 瞬の味方をしたくなる。
「ほんと、氷河の あの駄々っ子振り、どーにかできたらいいんだけど」
瞬に付き合って、星矢は――星矢もまた、長く深い溜息をついた。






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