「パパー。こっちの葉っぱは ちっちゃいヨー」
「ナターシャの手のようだな」
「ナターシャ、パパの手みたいに おっきい葉っぱも探すヨ!」
金色のイチョウ並木。
ナターシャが葉っぱを手にして氷河に指し示すたび、ナターシャの髪が揺れて、ナターシャの笑顔が輝く。
この可愛らしい存在が、彼等の世界では消えてしまったというのか――。


「消えてしまったというのは、どうして――」
「消えたんです。時と世界が交錯した戦いが終わって、世界が平和と秩序を取り戻し、蘇っていた先代の黄金聖闘士たちが すべて消えた時、僕たちのナターシャちゃんも消えてしまった」
「あ……」
「あんなことになるなんて、思ってもいなかった。先代の黄金聖闘士たちは 死から蘇った者たちで――世界の法則に逆らって存在する者たちだから、戦いが終わった時に 消滅するのも仕方がないと思っていた――思うことができた。でも、ナターシャちゃんは、僕たちの世界の、同じ時の流れの中で作られた命。ずっと僕たちと一緒にいられるのだと思っていたんです。僕たちは、今度こそ 本当に平和な世界で、ナターシャちゃんと静かに暮らせるようになると信じていた。戦いが終わって、春麗さんに預かってもらっていたナターシャちゃんを迎えに行って――ナターシャちゃんは いい子で待っていてくれた。僕たちは戦いの直後で、ひどい ありさまだったけど、迎えに行った僕たちを、ナターシャちゃんは嬉しそうに――」

『パパ、マーマ! ナターシャ、イイコで待ってタヨー!』
そう言って、彼等のナターシャは、彼等の許に駆け寄ってきた。
『ナターシャ!』
その小さな身体を抱きとめ、抱きあげるべく両腕をのばした氷河の手に、だが、彼等のナターシャは飛び込んでこなかったのだ。

パパとマーマが世界の平和を守るために命がけで戦う戦士であることは知っている。
必ず迎えにくると、固く約束を交わした。
パパとマーマが その約束を守ることも信じている。
それでも不安で 心配で、その小さな胸を痛めていたのだろう、彼等のナターシャ。
約束通り、迎えにきてくれたパパとマーマの姿を見て、彼等のナターシャは どれほど喜んだことか。
どれほど嬉しかったことか。
信じていたパパとマーマが、信じていた通りに帰ってきてくれた。
彼等のナターシャは、きっと その瞳を明るく輝かせ、パパの胸に飛び込もうとしたのだ。
だというのに。

だというのに、彼等のナターシャは彼等の目の前で消えてしまった。
明るい笑顔のまま。
瞳を幸福で輝かせたまま。
ナターシャの その時の笑顔が 容易に想像できるだけに、瞬は――ナターシャを抱きしめることができなかった氷河の その気持ちも、容易に わかってしまったのである。
呆然と、たった今まで そこにナターシャがいた空間を見詰める氷河の瞳、心、表情。
胸が張り裂けてしまうほど明瞭に、その姿が 瞬の脳裏に思い描かれた。






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