「パパ、マーマ。何の お話シテルノー?」 決して、氷河のサンタクロース・コスプレ計画――むしろ、クリスマス暴走計画――に協力するつもりはない。 しかし、氷河から奪い取ったメジャーを、瞬は素早く オーディオセットの陰に隠した。 氷河が慌てず 騒がず、いつも通りの無表情で――ナターシャには 笑顔だとわかるらしいが――その場を取り繕う。 「もうすぐ、クリスマスだろう。サンタクロースが迷わずに ナターシャのところまでクリスマスプレゼントを持ってこれるように、案内を出しておいた方がいいのではないかと、瞬と相談していたんだ」 「サンタさん !? 」 世界一有名なプレゼンターの名を聞くと、ナターシャは、瞳を輝かせて氷河と瞬の許に駆けてきた。 12月に入る前から――最近はどこに出掛けていっても、クリスマスツリーやサンタクロースの飾りつけを目にする。 どこに行っても――オデカケした先でも、街を歩いていても、日々の食事の材料を買いに行ったスーパーマーケットの店内でも、流れているのはクリスマスソング。 すべての日本人が突然 クリスチャンになったような12月。 ナターシャも、多くの子供の例に洩れず、その心を12月の色に染められているようだった。 「サンタさん、ナターシャのところにも来てくれるカナ?」 「ナターシャちゃんは 氷河よりずっと いい子にしてたから、もちろん 来てくれるよ」 それは 氷河への皮肉だったのだが、当の氷河は 瞬の意図に気付いてないようだった。 「瞬の言う通りだ」 と言って、全く悪びれない顔で、ナターシャに頷いてのけるところを見ると。 氷河の鈍感に腹を立てないために、瞬はナターシャに笑顔を向けたのである。 「ナターシャちゃんは、どんなプレゼントが欲しいの?」 氷河の暴走計画は何としても阻止するもりだが、ナターシャには楽しいクリスマスを過ごさせたい。 瞬はクリスチャンではなかったが、日本人特有の信教の寛容を備えていた。 「プレゼント……?」 問われたナターシャが、ゆっくりと首をかしげる。 即答が返ってこないということは、サンタクロースには来てほしいと思っているが、絶対に欲しいプレゼントはない――ということだろうか。 あるいは、ナターシャは、サンタクロースが プレゼントのリクエストを受けつけてくれるとは思っていなかったのかもしれない。 サンタクロースの来訪に説得力を持たせるために煙突を設置する必要はないと知らされた氷河が、暖炉と煙突設置のためのスペース確保作業をやめて、ソファに移動する。 ほっと安堵して、瞬はナターシャを氷河の隣りに座らせ、自身は その向かいのソファに腰を下ろした。 今、ナターシャのパパとマーマがしなければならないことは、煙突設置作業ではなく、氷河の暴走計画阻止でもなく、ナターシャの欲しいものを確かめ、それを準備すること。 だが、ナターシャは、本当にサンタクロースへのリクエストが思いつかないらしい。 彼女は思案顔で、 「パパとマーマは、子供の時、サンタさんから どんなプレゼントをもらったの?」 と、氷河と瞬に尋ねてきた。 「え」 瞬は 答えに詰まってしまったのである。 瞬は、幼い頃、サンタクロースからプレゼントをもらったことがなかったから。 もちろん、大人になってから、仲間や友人たちに 有形無形の贈り物を贈られたことはあった。 しかし、その事実は ナターシャに知らせていいことではない――知らせない方がいいだろう。 そう考えて、瞬は 暫時 唇を引き結んだのだが、氷河は その事実を ナターシャに あっさり知らせてしまった。 「俺たちのところにはサンタクロースは来なかったんだ」 瞬の頬が さっと青ざめたことに、氷河が気付かなかったはずがない。 しかし、氷河は、特段 動じた様子は見せなかった。 ナターシャには幸せな思い出しか与えないと豪語していた氷河が、わざわざ ナターシャのパパとマーマの不遇だった頃の話を ナターシャに語るはずがない。 それも、ナターシャに楽しいクリスマスを プレゼントしなければならない今、この時に。 瞬は、氷河を信じることにした。 「ドーシテ? パパとマーマがワルイコだったはずないヨネ……?」 「俺がいい子だったとは言わないが……」 「ワルイコだったの……?」 「いや、もちろん いい子だった」 「ソーダヨネ!」 ナターシャが 安心したように笑顔になる。 だが、ナターシャの笑顔はすぐに消えてしまった。 いい子にしていたのに、サンタクロースが来なかった。 いったい どうして、どうすれば そんなことが起こり得るのか。 ナターシャには それがわからなかったらしい。 わからないことが、ナターシャの心を不安にしている。 ナターシャの不安は、瞬の心をも不安にしたのだが、氷河は それを 突拍子のない説明で吹き飛ばしてみせた。 「俺は、毎年のプレゼントはいらないと サンタクロースに言ったんだ。その分をためておいて、大人になった時に まとめて ものすごいプレゼントを欲しいと頼んだ。10年分くらいためておいたかな。それで、瞬をもらえたんだ」 「エ……」 ナターシャには、それは意想外のことだったのだろう。 プレゼントをためておくという発想が、ナターシャにはなかったに違いない。 だから、氷河の説明を理解するのに時間がかかったのだ。 理解すると、ナターシャは大いに驚いて、歓喜と尊敬の念が入り混じったような歓声をあげた。 「パパ、スゴーイ!」 ナターシャに尊敬の眼差しを向けられて、氷河が得意げに唇の端に笑みを刻む。 氷河の得意顔が(傍目には無表情なのだが)癪に障らないわけではなかったのだが、ともあれ、ナターシャの満面の笑みに、瞬は安堵した。 「マーマは? マーマもイイコだったんだヨネ?」 パパがサンタクロースに もらった“スゴーイ”クリスマスプレゼントに興奮し、頬を紅潮させて、ナターシャが瞬に尋ねてくる。 本当に 氷河の得意顔は癪でならなかったのだが、瞬は――瞬も、この場は氷河に倣うことにした。 「サンタさんのプレゼントは、僕も ためておいたの」 「マーマも? マーマも、大人になった時、パパをくださいって、サンタさんにお願いしたの?」 尋ねてくるのがナターシャでなかったら、『そんな お願い、たとえ世界が滅んでも、しません!』と、全力で否定するところである。 この世界のどこに、クリスマスプレゼントに“苦労”をリクエストする人間がいるだろう。 こんな厄介なパパを欲しいと望む人間など いるはずがないではないか。 ――という本音は、もちろんナターシャには知らせられない。 とはいえ、ナターシャに嘘をつくこともできなかったので、瞬は、『僕は氷河をリクエストしなかった』と言う代わりに、 「僕は、サンタさんに、氷河に幸せをくださいって、お願いしたんだ。そうしたら、ナターシャちゃんが氷河のところに来てくれたんだよ」 と、ナターシャに答えたのである。 ナターシャは、氷河の“スゴーイ”プレゼント話を聞かされた時同様、一瞬 驚いた顔になり、その後、胸の奥から 嬉しさが湧き上がってきたように幸福そうに、その顔を 喜びの色で染め上げた。 スゴーク嬉しいプレゼント。 サンタクロースは、そんなにも素敵なプレゼントを パパとマーマに贈ってくれたのだ。 ナターシャは感動して、そして 少し考え深くなったようだった。 「じゃあ、ナターシャも、サンタさんのプレゼント、ためておこうカナ」 「なにっ」 氷河の得意顔が、ナターシャの その一言で、急速冷凍装置の中に放り込まれたマグロのように 一瞬で固まる。 慌てたのは、氷河だけではない。 それは、瞬も同様だった。 「ナターシャちゃんは ためておかなくてもいいんだよ。サンタさんが、ナターシャちゃんにプレゼントしたくて、うずうずしてるから」 「デモ、ナターシャ、欲しいものはナイヨー」 「欲しいものがない? 新しい玩具や お洋服はいらないの?」 「それはパパが買ってくれるカラ、サンタさんに お願いしなくてもイインダヨ。プレゼントしてくださいって お願いしなくても、ナターシャには もう、パパとマーマがいるし――」 「いや、それは……」 日頃の甘いパパ振りが裏目に出た。 氷河は、初めて表情に出して うろたえることになったのである。 せっかくサンタクロースの衣装まで用意したのに、プレゼントを贈ることができないのでは、コスプレの意味がないではないか。 が、ナターシャは、サンタクロースの都合など、(当然のことながら)考慮してくれなかった。 これがファイナルアンサーで ベストアンサーと確信した瞳で、ナターシャが断言する。 「デモ、いつか サンタさんに大きなプレゼントをお願いしたくなる時が来るかもしれないデショウ? その時のために、ナターシャも プレゼントをためておくヨ!」 ナターシャの 無邪気で屈託のない明るい笑顔。 おかげで、氷河は途方に暮れることになった。 |