20分ほどして、星矢と紫龍はナターシャの部屋から出てきた。
リビングルームのソファに沈み込み、泣いてはいないのに、半日も泣きしきったあとの人間のような目をしている瞬に、ぎょっとした顔になる。
「何か……考えすぎているようだな」
そう前置き(?)してから、紫龍は まず結論を口にした。
「ナターシャが泣いている原因がわかった」
「は……話してくれたのっ !? 僕にも氷河にも教えてくれなかったのに……!」
ナターシャに嫌われているのかもしれないという不安に囚われている今の瞬には、その事実さえ、つらさを増す材料でしかなかった。

「おまえらには言いにくかったんだよ。ナターシャは幼いなりに、おまえらに気を遣ったわけ」
もしかすると 紫龍より厳しい顔で そう言って、星矢が紫龍の隣り――氷河と瞬が掛けているソファの向かいの席に腰を下ろす。
そんな星矢に一瞥をくれてから、紫龍は、彼がナターシャから聞き出した彼女の涙の訳を、ナターシャのパパとマーマに語ってくれたのである。

「ナターシャは、夕べ、どうしても サンタさんにプレゼントのお礼を言いたくて、ベッドに入ってからもずっと 頑張って起きていたそうなんだ。まあ、結局は、眠ってしまったんだがな。気付いたら枕元にプレゼントが置いてある。リビングの方で音がしたから、サンタクロースは まだ この家にいるのだと思った。で、こっそりベッドを出て、音のした方に歩いていった」
「え……?」
「そして、ナターシャは、リビングルームで、衝撃の場面を目撃してしまったんだ」
「衝撃の場面――って……」
「マーマがサンタクロースにキスをしている場面だな、つまり」
「は?」

紫龍が語ったナターシャの涙の訳を 瞬が理解し終える前に、それ以上 真顔でいるのが不可能になったらしい星矢が、盛大に吹き出す。
「おまえら、ほんとに退屈しねーな !! 」
笑い出したいのを我慢していた分、容赦なく大声を出して 笑い続ける星矢の横で、紫龍が冷静な解説を続ける。

「 I Saw Mommy Kissing Santa Claus 。要するに、おまえたちは、『ママがサンタにキスをした』の曲の内容を、そのまま実演してしまったわけだ」
「……」
星矢は、引き続き 大笑い中。
しかし、瞬は笑えなかった。

「ちなみに、1952年、当時13歳のジミー・ボイドが歌った『ママがサンタにキスをした』は、その年の12月、米国のポップスシングルチャートで1位を獲得している。以来、世界のスタンダード・クリスマスソングになった。米国の児童を対象にしたアンケートによると、あの曲を聞いた子供の39パーセントが、この歌のママはサンタクロースと浮気をしているのだと思い、27パーセントが、ママとパパとサンタが三角関係にあると考えた。サンタクロースが この歌の主人公のパパだと思った子供は10パーセント。無論、ナターシャは、サンタクロースの実在を信じている純真な多数派だ」
なぜ いちいち そんな細かい数字まで知っているのだと突っ込む余裕は、瞬にはなかった。
残りの24パーセントの子供の見解はどうだったのだと確かめる気力も湧いてこない。

瞬は真っ青になり、それから真っ赤になり、手元にあったクッションを氷河の胸に叩きつけたのである。
「氷河が、サンタクロースのヒゲはキスの邪魔にならないのか試してみようなんて言うから !! 」
ナターシャが20歳になるまでサンタクロースの実在を信じさせてみせると豪語するなら、コスチュームだけでなく、その心もサンタクロースになり切ってほしかった。
氷河の誘いに乗った自分が軽率だったということは わかっているのだが、仲間たちの手前 きまりが悪すぎて、氷河を責めずにいることもできない。
泣けばいいのか 笑えばいいのか、ナターシャに嫌われていなかったことを安堵すればいいのか、ナターシャの誤解に狼狽すればいいのかも わからない。

「そういう誤解を受ける可能性は 考えていなかった。ナターシャは、マーマをサンタクロースに取られてしまうと思ったわけか。俺とナターシャが、瞬に捨てられると。言われてみれば、サンタクロースというのは、他人の家に入り込んだ よその家のおじさんなわけだからな。なるほど。なかなかの想像力だ」
冷静に そんな分析をしている氷河を、瞬は力一杯 睨みつけた。






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