聖域的平和論






聖戦が終わってから 数年の間、地上世界では 比較的 平穏な日が続いていた。
神話の時代から戦いを繰り返してきたアテナと聖域の最大の敵であるハーデスを、過去の聖戦とは違う形で消滅させることができたのだから、地上世界が平和といっていい状況を呈することになったのは 自然かつ当然のことだったろう。
地上世界は、平和で平穏だった。
残念ながら、聖域は そうではなかったが。

なにしろ、聖域の12の宮を守護する黄金聖闘士が皆 その命を落とし、聖域には黄金聖闘士が全く不在になってしまったのだ。
熾烈を極めたといわれる先の聖戦においてすら、黄金聖闘士が二人も(!)生き残り、ハーデスとの戦いで破壊され尽くした聖域の再建に務め、次の聖戦に備えることができたというのに。
当然のことながら、聖域は深刻な人材不足に陥った。

幸いにして生き永らえていた双子座の黄金聖闘士サガの弟カノンを、アテナは教皇に任命したのだが、果たして それを“幸い”と言っていいものかどうか。
聖域が平穏でなくなった そもそもの原因は、カノンが教皇の地位に就いたことだったのだ。
カノンは、元はといえば アテナと聖域への反逆者、いずれ失政するのではないかと、その登極を危ぶむ声は、もちろん あった。
が、今のところ、それは杞憂に終わっている。
アテナ子飼いの数名の青銅聖闘士が黄金聖闘士に任じられたこともあって、カノンを教皇とする新体制は、深刻な人材不足に陥っている現状を考えれば、極めて順調に運営されているといっていいだろう。
表面的には、一応。

だが、聖域に不穏な空気が漂い始めているのは紛れもない事実。
聖域は今、確かに、一触即発の危機に瀕していた。

人間というものは、常に敵を求め、争いを求め、そして 戦うことをせずに生きていくことのできない生き物なのかもしれない。
だから、彼等は ついに訪れた平和の中で、新たな敵、新たな戦いを欲したのだったかもしれない。
にもかかわらず 聖域に伍する力を持った強大な外敵は現われなかった。
もしかしたら、その事実が 聖域の内部に争いの種を撒き芽吹かせることになってしまったのかもしれない。
アテナと聖域の敵が存在しないことが、聖域の内に一触即発の危機をもたらしたというのなら、これほど皮肉なこともないだろう。






【next】