発端は、カノンが教皇の地位に就いたこと。 そのカノンが、異様なほど頻繁に、乙女座の黄金聖闘士となった瞬を教皇宮に招くようになったこと。 そして、その状況に、水瓶座の黄金聖闘士に任命された氷河が怒り心頭に発していることだった。 瞬があまりに頻繁にカノンの許に赴くことを怪しんだ氷河が、 「何か不穏な動きでもあるのか」 と瞬に問うても、瞬は、 「そんなことはないよ」 と答えるばかり。 “そんなこと”がないのなら“どんなこと”があって、瞬はカノンの許に通うのか。 何のために、教皇は こうも頻繁に乙女座の黄金聖闘士を自分の許に呼びつけるのか。 氷河が知りたいのは“そんなこと”ではなく“どんなこと”の方だったのだが、それについては、瞬は決して語ろうとしない。 氷河は、あの手この手で誘導尋問を試みたのだが、氷河の画策に 瞬は どうあっても引っ掛ってくれなかった。 正面切って問い質すと、 『カノンは、過去に自分が犯した過ちを心から悔いているの。彼を信じてあげて』 という頓珍漢な答えが返ってくる。 氷河は、カノンが過去に犯した過ちのことなど、ほとんど憶えていなかった。 氷河が疑っているのは、あくまでも 今現在の彼の言動だった。 氷河は とてもではないが、カノンを“信じてあげる”気になどなれなかったのである。 「いったいカノンは何を企んでいるんだ! いや、瞬は何を考えているんだ!」 不穏な動きがないのなら、カノンなどという胡散臭い男より 気心の知れた仲間たちと共に 平和を謳歌していればいいではないか! というのが、氷河の主張だった。 地上世界の平和を乱す敵が現われた際には その敵と戦い、地上世界が平和な際には、その平和が再び乱される時に備えるのが、アテナの聖闘士の務め。 アテナの聖闘士――それも黄金聖闘士が、“平和を謳歌”していていいのだろうかと、紫龍などは思ったのだが、ともかく、瞬は 脇目もふらず(?)瞬の仲間たちと一緒にいるべきだと、氷河は言い張った。 「聖域の再建に関して、あれこれ話し合っているのではないか? 聖戦終結から数年。アテナ神殿、教皇宮、聖域の各宮の修復は成ったが、再建されたのはハード面だけで、ソフト面は これから手を付けなければならない状況だ。黄金聖闘士と医学生の二足の草鞋。瞬はスーパーマンだな」 瞬がいないので、いきり立つ氷河を落ち着かせ なだめるのは紫龍の仕事になる。 カノンと瞬の接近のせいで 最も多大な迷惑を被っているのは、もしかしたら、四六時中 カノンへの不満を噴出させている氷河より、四六時中 その不満を聞かされている紫龍の方だったかもしれない。 「何を話し合う必要があるというんだ! こんなに頻繁に! 地上は平和なんだぞ!」 「再建というのは、平和だからこそできることだ」 「なら、俺たちだって、まがりなりにも黄金聖闘士だ。なぜ瞬だけを呼ぶんだ、あの助平教皇は! 瞬とカノンの話が合うとも思えん!」 「カノンと瞬は話が合わないという見解には 俺も賛同するが、カノンが俺たちを呼ばないのは 妥当なことだと思うぞ。瞬は 戦いには向いていない。俺たちは その逆。俺たちは 戦時戦場でならイニシアチブを取ることができるが、平時向けではないんだ。そもそも おまえは、聖域再建について 意見を求められても、意見なんかないだろう」 「む……」 長年 命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間だけあって 鋭い。 紫龍の指摘は的確だった。 ハード面での再建には協力することができるし、実際 そうしてきたが、ソフト面のこととなると、氷河には意見もなければ、貸す力もなかったのだ。 黙り込んでしまった氷河に、紫龍が とどめを刺しにかかる。 「おまえのそれは、聖域のことを案じるゆえのものではなく、地上世界の平和を願うゆえのものでもなく、ただの焼きもちだ」 「自覚しているから、我慢しているんじゃないかっ!」 氷河が、実に潔く その事実を認める。 これは氷河が大人になったことの証左なのか、素直になったことの証左なのか。 無駄にクールを装うべく努めていた頃の氷河なら、彼は その事実を決して認めようとしなかっただろう――少なくとも、自分から公言するようなことはしなかっただろう。 紫龍は、その点だけは 氷河を褒めてやることにした。 「あー。偉い偉い」 途轍もなく投げやりな褒め言葉に、氷河が こめかみを引きつらせる。 氷河が次の言葉を吐き出す前に、紫龍は真顔になることで、仲間を制した。 「瞬が元反逆者のカノンを、カノンがハーデスの依り代だった瞬を、相互監視している――ということも考えられる」 紫龍の真顔は、彼の投げやりな褒め言葉への怒りを 氷河に忘れさせることには成功したが、氷河に 別の怒りを抱かせることになった。 氷河が 険しい目で、ろくでもないことを言い出した紫龍を睨みつける。 「瞬は、カノンと違って、自分の意思でハーデスの依り代になったわけじゃない。ハーデスが倒された今、瞬の監視など不要だ!」 「ならいいのだが」 自分の意思で反逆者になった者に 同じ過ちを繰り返させないための対策を講じることは、容易な作業である。 手段はいくらでもあり、更生は可能。 しかし、瞬は――瞬自身は善良で邪心など持たない人間で 更生させることはできないから――その必要がないから――監視する以外に できることはないのだ。 紫龍の懸念は わかっているのだろうが、氷河は あえて気付かぬ振りをすることにしたようだった。 気付かぬ振りをして、今更ながらの不満を口にする。 「俺は黄金聖闘士になど なりたくなかったんだ。青銅聖闘士だった時は、何もかもがシンプルで、面倒がなかった。俺たちは 平和を乱す敵と戦っていればよかった。教皇なんて、別世界の存在だった」 「今、聖域は深刻な人材不足に陥っている。瞬は有能だ。登用しない手はない。特に 平時には、瞬の考え方は有益で有効だろう。必要で重要でもある」 「……」 その理屈は わかっているのだ、氷河とて。 妥当な意見だとも思っているのだ、氷河とて。 カノンが再び アテナと聖域に反旗を翻すことがあると考えているわけでもない。 カノンが呼びつける相手が、瞬ではなく紫龍だったなら、それを 不快に思うどころか、教皇の務めとはいえ 紫龍と頻繁に顔を突き合わせることになるカノンに同情さえする。 カノンが呼びつける相手が瞬だから――だから、氷河は 苛立たずにはいられないのだった。 |