『社会人としても医師としても模範的で有能で、夫としての条件も揃っている瞬先生が、なぜ 浮いた噂一つなく 独身なのか。先輩看護師たちは なぜ誰も瞬先生にアプローチしようとしないのか。それが気になって、このままでは 仕事に支障が出かねない』 それが、本日のプリセプティ・ミーティング議案提出理由。 若い女の子たちが 就業時間中のミーティングで羽目を外さないよう、お目付け役として同席していた先輩看護師たちの中で最年長の看護師が、本日のプリセプティ・ミーティングの議案提出理由を聞いて、 「引っ掛かってたのは、そこだったの」 少しく呆れたように ぼやく。 首謀者でないだけで 気持ちは首謀者と同じらしい提案者の一人が、慌てて弁解を始めた。 「別に、あわよくば――なんて思ってるわけじゃないんです。私は、そんな不純な目的があって看護師になったわけじゃないし、純粋に不思議なだけなんです。瞬先生に 何か問題があるのなら、事前に知っておいた方が、仕事に支障が出ないんじゃないかって 思うし……」 後半が ごにょごにょ状態になった彼女に、他の出席者から笑い声が洩れる。 どの笑い声にも 悪いや軽蔑の響きはなかった。 “先輩”看護師といっても、要するに 光が丘病院での勤務経験が1年以上になるというだけの若い女子。 彼女たちにも それは興味深い案件だったらしく、先輩看護師たちも結局は 新人看護師たちと似たような乗りで、話し合いに参加してきた。 「でも、まあ、言われてみれば その通りよね。容姿、収入、学歴。瞬先生は 結婚相手としては文句なしの相手。厄介な親族がいるわけでもないようなのに」 「ご両親は早くに亡くされたそうだけど、瞬先生当人に経済力はあるわけだし、それは 問題じゃないわね。嫁姑問題が発生する危険がないのは、今時 好条件と言っていいことでしょうし」 「お兄様がいらっしゃるって聞いたことある。でも、姉妹じゃないなら、うるさい小姑に悩まされる心配もないって考えていいでしょうし、やっぱり 悪い条件じゃない」 新人看護師たちの監督責任を放棄したように軽い口調の先輩看護師たちからの情報提供で、その場の堅苦しさは瞬時に霧散してしまった。 新人看護師たちが、議案提出者も そうでない者も、勢いよく 各々の存念を語り始める。 「これは女の勘でしかないんですけど、瞬先生って、真面目だし、がつがつした感じがないから、もし誰かと結婚したら、浮気もせずに 誠実に奥さんを愛するタイプなんじゃないかと思うんですー」 循環器内科の新人看護師の発言を受けて、他の出席者たちが揃って相槌を打つ。 「お酒も あまり強くないみたいだし、ギャンブルに入れ込んでるっていう噂も聞かない。つまり、“飲む、打つ、買う”の男の三大道楽に縁がない」 「あの 見るからに優しい雰囲気。ナイチンゲールだって、あそこまでの慈愛を たたえていたかどうかって思っちゃうー」 ナイチンゲール誓詞を唱えて 患者のために力を尽くすことを誓ったはずの看護師が、実に畏れ多い発言をしたが、彼女を たしなめる同僚は、そこには一人もいなかった。 遠くのナイチンゲールより、近くの瞬先生。 看護師に限らず、ある仕事を必ず成し遂げようとする人間には、崇高な理想を思うことより、目の前の課題を一つずつ着実にクリアしていくことこそが肝要なのだ。 「てことは、先輩たちも 特に悪い噂は聞いてないんですか」 「瞬先生に限って、悪い噂なんて――」 「瞬先生は、いい噂しか聞こえてこないことを不自然に感じることすら不可能なキャラだから」 「でも、だとしたら なおさら、こんな人気があるのに、もてないって変な話じゃない?」 「もてないわけじゃないと思うけど……。高嶺の花だから、畏れ多くて 誰もアプローチできないんじゃないの? だから、みんなに遠巻きにしてる――とか?」 「別に遠巻きにしてるわけじゃないでしょ。瞬先生って 誰にでも優しいから、どんなに優しくされても、自分が特別扱いされたって気になれないのがネックなんじゃないかなあ。恋愛感情って、つまり、『この人は 私にとって特別』『私は この人にとって特別』って思う気持ちだから」 「優しい人柄が かえって、男性としての魅力を感じさせないのかも」 「んー。それはあるかもねー」 本日のプリセプティ・ミーティングの結論は、そこに落ち着くかに思われた。 騒がしかった看護師たちの声が、いったん そこで途切れる。 が、人間が30人も集まって、一つの議題について話し合っていれば、必ず 異なる意見を持つ者が現われるもの。 まとまりかけた話し合いに反対意見を提出してきたのは、整形外科の新人看護師だった。 |