紫龍くん。

君は、あの頃 僕の庭にいた子供たちの中で最も大人びている子供だった。
歳の割に落ち着いていて、物事を達観していた。
そして、僕の庭にいた子供たち――君の友だち――を誰よりも大切なものと感じている子だった。
君の その価値観には、君が肉親の記憶を全く持っていないことが影響しているのかもしれないね。
だからこそ、君は、友だちを大切にし、人の温もりを求めていたのだと、僕は思っている。
そして、だから 君は、僕の庭にいる子供たちの中で 最も迷いのない子供だったんだ。

君は、自分が強くなるために努力することを、人として当然のことだと思っていた。
それは 君自身と 君の大切な友だちを守るために必要なこと。
迷い ためらうようなことじゃなかったんだ。君にとっては。

いや、君は 一度だけ迷ったことがあるね。
瞬くんに、『紫龍は、強くなることが恐くないの?』と尋ねられた時。
強くなることを よいこと、必要なことだと信じて 疑ったこともなかった君は、そんなことを尋ねてくる瞬くんの気持ちが理解できなかった。
この庭で、いちばんの泣き虫。
君の友だちの中で最も脆弱で、最も死に近いところにいて、だからこそ 最も強くなることを望んでいるはずの瞬くん。
その瞬くんが、まるで自分自身の強さを恐れているようなことを言うんだから、君は意外の念を抱かずにはいられなかったんだろう。

生真面目な君は、一生懸命に考えた。
強くなることの是非、弊害、恐怖について。
君は、自分を強い人間だとは思っていなかったから。
だからこそ 君は、自分は強くならなければならないのだと信じていたんだ。
君は、子供らしい慢心とは無縁の子供。
そう。君は謙虚な子供だった。
君は、大人びているというより、子供らしくない子供だったんだ。

あの時 僕は、実の親のように親身に温かく 君を導き育ててくれる人が 君の前に現れたなら、君は どんなふうに変わるのだろうと考えたものだった。
そんな人に、君は出会えたのかな。
そして、君は、もう一度 虚心な子供に返り、本当の大人になるための――真に 強い大人になるための努力を、最初から やり直したんだろうか。
きっと、そうだったんだね。
今の君を見れば わかるよ。






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