「アテナの聖闘士 !? 」
弟に一目惚れした男を その兄が敵視する気持ちはわかるが、この島の三人目の住人パンドラも、俺の登場を全く歓迎してくれなかった。
俺みたいに いい男と同じ館の内で暮らせるようになったら、普通の若い娘は大喜びすると思うのに、俺を客人として この館に住まわせる――という一輝の言葉を聞いたパンドラは、露骨に『大・迷・惑!』の視線を俺に投げてきた。
俺は最初、パンドラが一輝か瞬のどちらかに気があって、俺という邪魔者が増えたことを不快に感じているのかと思った。

パンドラは、瞬とは対照的だが 結構な美女だった。
が、瞬とは対照的だから、全く俺の好みじゃない。
向こうも、それは同じようだった。
「アテナというのは、ハーデス同様、ギリシャの神でしょう。アテナも瞬様を 手に入れようとしているのではありませんか? 神と神とで争奪戦でも繰り広げられた日には、この島が滅茶苦茶になってしまいます!」
万一の時のために代々、彼女の代になってからだけでも数年間、入念に この島の生活環境を整えてきた女の発言として、それは至って妥当なものだったが(そう考えることはできたが)、普通、こういう場合は、同じギリシャの神たちが共謀して瞬を手に入れようとしている可能性こそを考えないか?
ホメロスもヘシオドスも、アテナとハーデスが不仲とする説は ぶち上げていないはずだ。

腹芸のできない俺が 不審感いっぱいの目を向けると、パンドラは、
「一輝様が お決めになったことでしたら、そのように取り計らいますけれど」
と、場を取り繕うように、一輝への恭順を示した。
「決めたくて決めたわけじゃない。瞬が放っておけないというから、致し方なく この館に置くことにしただけだ」
「瞬様が……」
それが瞬の望みだと知らされると、パンドラは ふいに無表情になった。
それまでの彼女が表情豊かだったとは言わないが、俺の登場を喜んでいないとか、使用人としての分を わきまえようと努力しているとか、その程度の感情や思考の流れは読み取れていたのに(聖闘士は動体視力が優れているから、微表情の読み取りなんて朝飯前だ)、突然 完全に何も読み取れなくなったんだ。
俺を不快に思っていることさえ。

「パンドラ。仕事を増やして、ごめんね。食事の準備だけ…… 一人分、増やしてくれるかな? 氷河のための部屋は、僕が整えるから」
「とんでもございません。そのようなことは、パンドラがいたします」
「部屋の準備など いらんぞ。俺は 瞬の部屋の床で寝るから」
「パンドラ。この図々しい阿呆のために、瞬の部屋から いちばん離れた部屋を用意しろ。瞬。おまえは、寝る時には、内側から しっかり鍵を掛けるように」
「兄さんたら、何を心配してるんです。氷河は いい人ですよ」

一輝は わかりやすい。
瞬は、隠さなければならないような裏の感情や考えを持っておらず、善良で素直。
だが、パンドラは――やはり、“読み取れない女”だった。

ともかく、そういう経緯で、瞬の館に客人として受け入れてもらえることになった俺は、その日から、大車輪で自分の仕事を始めたんだ。
つまり、瞬を口説き落とすという仕事を。
もとい、瞬が この島を出て、アテナの治める聖域に保護されることが、瞬の身の安全を図るために いかに有益かということを、瞬に わかってもらうという仕事を。






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