「こんなに綺麗なのに、こんな島で一生を終えるなんて、もったいない」 「僕が人間社会にいると、多くの人に害をもたらすことになりかねないんです」 「ハーデスに無関係な人間が巻き添えを食うことを心配しているのなら、その心配は無用だ。アテナの治める聖域は、ハーデスは もちろん、他のどんな神の力にも、人間社会の世俗権力にも、決して束縛されず、影響されない不可侵の地だ。おまえが聖域に保護されれば、おまえの兄も ミラノの大公位に復帰することができるだろう」 そうなれば、俺も あの暑苦しい男の妨害を受けずに、瞬との恋を実らせることができる。 誰にとっても都合がよく、めでたしめでたし。 そうするのが いちばんいいんだ。 そうするのが いちばんいいに決まっているのに。 「僕だけ安全なところに逃げ込み、安穏としているわけにはいきません。そんなことをしたら、ハーデスが 腹いせに兄さんに ひどいことをするかもしれない。アテナにだって ご迷惑をかけることになるかもしれません」 瞬は兄の身を案じ、呆れたことに、アテナの身まで案じている。 アテナに ご迷惑をかける? 何だ、それは。 迷惑ってのは、常に、アテナが俺たち聖闘士にかけるものだ。 「兄の身が心配なら、無論、兄も一緒に聖域に来ても構わない。アテナは、地上世界の平和を守ることを第一義としている。そのために、おまえを庇護したいと考えているんだ。おまえが聖域に来ることで、地上の平和が守られることになる。アテナは、おまえが聖域に保護されることを喜びこそすれ、絶対に 迷惑に思ったりはしない。おまえと いつまでも一緒にいられたら、俺も嬉しい。おまえは――」 おまえは俺と一緒にいたくないのかと、俺は 声に出して瞬に尋ねることはできなかった。 アテナの聖闘士としての任務を優先することを考えたからではなく(そんなものは糞食らえだ!)、兄の身を案じる瞬の心に共感するからでもなく(そんなことは、もっと糞食らえだ!)、アテナへの迷惑を避けようとする瞬の気持ちがわかるからでもなく(馬鹿げている!)、改めて 言葉にしなくても、瞬は俺の気持ちをわかってくれている――ような気がしたから。 俺が大嘘つきなことを承知の上で、『氷河は悪い人じゃない』と言ってくれた瞬。 認めたくはないが――俺がクールな大人を装うために、いい人ぶらないように意識していることを、瞬は見抜いてしまっている。 そんな瞬は、俺の気持ちも もうわかっているんだ。 『目を見れば わかります』 瞬は そう言っていた。 そして、俺は、自分の心を 声に出さずに黙っていることはできるが、目から消し去る方法は知らないから。 「そうできたら、どんなにいいか……」 瞬は――そして、瞬も――心の底では、俺と一緒に この島を出たいと思ってくれているようだった。 俺にとっては最善ではないが、俺以外の人間にとっては最善の策は、瞬と一輝が聖域に保護されることだ。 そのことで アテナが迷惑を被ることはないと、俺は何度も瞬に説明した。 眼差しで、どんなに俺が瞬を愛しているのかも訴えた。 にもかかわらず、瞬は、この島を出ることを決意してくれない。 いったいなぜ、瞬は 心を決めてくれないのか。 瞬は聡明で、決して臆病でもないのに。 どうしたものかと、俺は その夜、島の西の浜の岩陰で対策を練っていたんだ。 アンドロメダ島の夜は、氷点下にまで気温が下がって、俺の頭を冷やしてくれる。 この島、この位置、この季節では ノーザンクロスは見えないのかと、少しばかり 俺の思考が脇に逸れた時だった。 夜の浜に、人がやってくる気配がした。 一瞬、瞬かと思って踊った俺の胸は、すぐに冷静になった。 やってきたのはパンドラで、彼女は 虚空に向かって、虚空にいる誰かと話を始めた。 瞬でも一輝でもない誰か。 この島の人口は、現在、俺を含めて四人だけのはずなのに。 |