眠りに落ちるたびに違う世界で目覚める僕。
僕の本当の現実世界は、どっちの世界なんだろう?
平和で平等で、特別な人のいない あっちの世界と、死と隣り合わせの戦いを戦い続けなければならないけど、特別な人のいる こっちの世界。
僕は、平和な世界を夢見ているのか、それとも 特別な人のいる世界を夢見ているのか。
もしかしたら、二つの世界は二つとも夢の世界で、僕の現実なんて、どこにもないんじゃないだろうか。

そんなふうに虚無的なことを 考えてしまうのは、今 僕が感じている つらさや悲しさを幻影だと思いたいからなのかな?
十二宮の戦いを戦い抜いて、アテナと僕たちは聖域の秩序を取り戻した。
多くの命が失われ、僕たちも 心に深い傷を残した。
氷河は、自分を聖闘士に育ててくれた師の命を 自分の手で消し去ることになった。

そうまでして、ついに手に入れた聖域の平和。
なのに、僕の生きている この世界から 戦いが消えることはなかったんだ。
世界は、平和にならなかった。
僕たちの前には、新たな敵が現われた。
聖域の外でも、人間たちは 人間同士の戦争を続けている。
この地上世界は、相変わらず、虐げられている人、飢えている人、苦しんでいる人、悲しんでいる人たちで満ちている。
僕は、この世界から不幸な子供たちをなくしたかったのに、僕が戦ったことで、不幸な子供は一人でも減ったんだろうか?

この世界は残酷だ――残酷すぎる。
戦いは いつまでも続くし、不幸な子供たちは永遠に いなくならないし、僕は どこまでも無力なんだ。

「つらいのか?」
僕は、そんなに つらそうな顔をしていたのかな。
もし そうだったなら、それは あの夢のせいだよ。
夢の中のことではあるけど、なまじ 平和で平等な世界を知っているから、自分が生きている現実の世界が平和でないことが悲しいの。
氷河に心配はかけたくないから、僕は もちろん、
「大丈夫だよ」
って、答えるけど。

氷河の瞳は、今日は ちょっと不機嫌――かな?
僕は何か 氷河の機嫌を損ねるようなことをしてしまっただろうか。
普通にしてた――こっちの世界での“普通”にしてたと思うんだけど。
「氷河?」
首をかしげて、僕が氷河の名を呼ぶと、氷河は一瞬 ためらってから、彼の不機嫌の理由を僕に教えてくれた。

「おまえは時々、ここではない世界を見ているような気がする」
「え……」
ここではない世界。
それは、僕が、夢の世界に気を取られすぎてるっていうこと?
そんなはずはないよ。
夢は夢でしかないし、戦いの絶えない この世界で、夢なんかに心を割いているのは、とても危険なことだもの。
僕は、そんなことはしない。
この世界には、僕の特別な人たちがいる。
大切な、僕の仲間たちがいるんだから。

「俺を見ているか?」
「もちろん」
「本当に、ちゃんと?」
「そのつもりだけど……」
「それで、俺の気持ちがわかっていないのなら、おまえはかなり鈍いぞ」
「え……?」

言葉や語調とは裏腹に、氷河の瞳は、もう あまり不機嫌ではないように見えた。
いつもの、あの熱っぽい瞳。
僕は、氷河の青い瞳の中の ただ一人の住人。
僕の世界が、この青い瞳の中だけだったら、僕は どんな幸福な人間でいられることか。
それは あり得ないことだけど、それは無理なことだけど、でも、そうだったら、どんなにか。
僕は魅入られたように氷河の瞳を見詰め――そのまま、本当に 氷河の瞳の中に吸い込まれてしまうのかと思った。
その陶酔の時は、氷河の 戸惑ったような瞬きで終わってしまったけど。

氷河は、僕の瞳の中に何を見たんだろう。
氷河は なんだか嬉しそうに笑って、
「そうか」
って、何が“そう”なのか わからないことを言って、僕を煙に巻いた。






【next】