「選ばれさえすれば、12神の1柱になるために学ばなければならないことは何もないんだよ、瞬。我等の一部として組み込まれた時から、君は我等と すべての知識を共有することになる」
選抜官代表は、僕に そう言った。
モニターの向こうで。

僕は なぜ、これまで、その可能性に思い至らずにいたんだろう。
選抜官代表は、12神の姿と意識を統合して作り出された実体だったんだ。
そして、12神候補たちが これまで“いる”と思い込んでいた(思い込まされていた)50名近い選抜官たちは、12神の姿や意識を分割した要素を 数十通りの組み合わせで組み立て直した、12神の分身たち。
12神を選ぶのは12神。
自分たちの仲間を選ぶのは、自分たち。
それは自然で、当然のことだ。
僕が12神の中の一人だったとしても、そうする。

「この世界の平和を守りたい。この世界の平等を守りたい。この世界で生きている すべての人々のために尽くしたいという気持ちの強さ。そのためになら、自分の命を捨てて戦うことさえするという決意。12神に求められるのは、その覚悟なのだ。君の その覚悟だ」
僕がいるのは 確かに現実の世界なのに、僕は 自分が夢を見ているのかと疑っていた。

12神といえど人間。
危険な病気の因子を持たない人間が選ばれているといったって、死は いつ訪れるか わからないものだ。
なのに、次のメンバー交代は1年後と確定していた訳。
12神に自分の意思で引退することは許されない。
あるのは、定められた死期だけ。
12神の姿が公表されていないのは、彼等が 姿を――肉体を――持っていないからだったんだ。

“12神”という政治体制は、選ばれた12人の人間の脳を直結して 一つの意思決定ができる“モノ”を作り出し、その意思によって世界を統治する方法だった。
12人の人間の身体は捨てられるから、病を得ることは もちろん、事故にあって務めを果たせなくなることもない。
人間の脳の集合体だから、機械であるAIより はるかに柔軟で、発展性のある判断を下すことができる。
100パーセント活性化し続ける脳が疲弊し、力を十分に発揮できなくなれば、その脳は12神の連携から切り離される。
そうして 脳を生かし続ける養分が送られなくなれば、それが彼(もしくは彼女)の寿命。
この脳の連結でできた鎖の一つになれと、12神は僕に言うのか?
それが世界の平和と この世界に生きている人々の平等を守るためだから?

世界の平和を守るために、この世界に生きている人々の平等を守るために――僕は 喜んで この脳の鎖の一つになっていたかもしれない。
僕は、自分の手で触れたいと思うような特別な人を、この世界に持っていなかったから。
世界の平和。
それは、僕が 僕の命を捨ててでも欲しいと願っていた“夢”の一生だったから。

そう。
僕は、世界の平和のために 喜んで我が身を捧げていただろう。
「我等12神の1柱となれば、君の意識、君の心、君の価値観は、この世界の最高意思決定の一翼を担うことになる。崇高な務めだ。君の脳は常に100パーセント活性化し、生ある限り 決して眠ることなく、この世界を見守り続けるんだ」
12神たちに、そう言われなければ。

『生ある限り 決して眠ることなく』
それは、僕が夢を見られなくなるということだ。
二度と、あちらの世界に行くことができなくなるということ。
僕の仲間たちに会えなくなるということ。
氷河に会えなくなるということ。

そんなことになったら――たとえ、戦いのない平和な世界の真ん中にいても、自分が何のために生きているのか わからないじゃないか!
これは悪夢だ。
この平和な世界こそが悪夢。
僕は、僕の世界に戻りたい。
僕の現実世界に戻りたい。
戦いばかりの世界。
平和の実現なんて不可能に思える悲しい世界。
でも、僕の本当の世界には、僕の仲間たちがいる。
僕の氷河がいるんだ!


僕は、こちらの世界では燃やせないはずの小宇宙を燃やした。
力のすべて、心のすべてをかけて 小宇宙を燃やした。
こちらの世界の自分の力のすべてを燃やした。
もしかしたら身体までも――僕は、こちらの世界での 僕のすべてを燃やし尽くし、そうして 消えてしまったのかもしれない。






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