「ま、確かに、あれは難しい選択だよな。弱いとか、好きだとか、んなこと関係なく、全くの他人だから 助けるってこともあるもんな。身内だから、涙を呑んで諦めることもある。瞬あたりは そのパターンが多いだろ。聖闘士と一般人なら、聖闘士は仲間より一般人を助けるよな。非力な一般人を助けるのがアテナの聖闘士の務めだから。でも、アテナと聖闘士なら、聖闘士は仲間よりアテナを助ける。アテナの方が強いってわかってても」
本当に、それはケースバイケースの問題と答えなのだ。

「選択肢である二者のどちらを弱いと思うか。どちらが生きている方が嬉しいか。どちらが生きている方が世界のためになるか。残された人のためになるか。罪悪感を感じずに済むか――。これは、『どちらを選ぶか』ではなく、『なぜ、その人を選ぶのか』の方が重要な選択なのかもしれないな。氷河のあれは、単に『一輝と俺のどっちが好きか』なのかもしれないが」
「『かもしれない』じゃなく、そのもの ずばりだろ。氷河は、ガキの頃から、『俺と一輝のどっちが好きだ?』だの『俺と一輝の どっちがカッコいい?』だの『俺と一輝のどっちが強い?』だの、飽きもせず 懲りもせず、瞬に答えを迫ってたから。あれは ほとんど病気だぜ。氷河が あんなうるさい男になる前に、ガキの頃の氷河に、『僕とマーマのどっちを助ける?』って訊いてやればよかったんだよ。そうすりゃ、氷河も少しは静かになってただろ」

そう言い終えた瞬間に、星矢は自分が口を滑らせてしまったことに気付いたのである。
「訊けなかったよ。そんな残酷なこと」
瞬の力ない声で、星矢が自分の失言を反省する。
「そっか……そうだよな。悪かった。ごめん」
この場合、星矢が誤るべき相手は、瞬ではなく氷河の方だったろう。
だが、氷河は今 ここにはいない。
瞬は首を横に振った。

「なのに、氷河は訊いてくる。僕の答えを知りたがる。どうして、いちばんを決めたがるのか、どっちかを選ばせたがるのか、あの頃の僕には わからなかった。今もわからない。兄さんを助けられるような僕になることが、僕の夢だったことを、氷河は知ってるはずなのに」
「知っているからだろう」
「え?」
それは不思議なことでも何でもないというように あっさりと、紫龍が その謎の答えを瞬に手渡してくる。
思いがけない紫龍の言葉に驚き 顔を上げた瞬に、紫龍は更に思いがけないことを言ってくれた。

「氷河は、おまえが『一輝を助ける』と答えることを期待しているのではないか? おまえは既に、いざという時に一輝を助けられるだけの力を 手に入れている。おまえがおまえの夢を叶えるために必要なものは、あとは 一輝を助けるという決意だけだ。おまえが、氷河ではなく一輝を助けると決意すれば、その瞬間に、おまえはおまえの夢を叶えたことになる。氷河は、おまえに、おまえの夢を叶えてほしいんだろう」
「氷河が……?」
「氷河は、おまえを手に入れるという夢を一つ 叶えた。今更、青臭い子供の頃の気持ちで、おまえを困らせようとは考えていないのではないか」
「……」

そんなことがあるだろうか。
あり得るだろうか。
紫龍が 確信に満ちた表情で告げる推察を、瞬は一笑に付そうとしたのである。
だが、瞬が作ろうとした“一笑”は、形にならなかった。
もしかしたら、紫龍の言う通りなのかもしれない――という考えが、瞬の脳裏をよぎったせいで。






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