「パパとマーマの名にかけて!」 さくらんぼのタルトより、公園のちびっこ広場のターザンロープより、『ぼくをさがしに』の絵本より。 それが 今のナターシャの いちばんのお気に入りだった。 『パパとマーマの名にかけて!』というフレーズが。 氷河と瞬は知らなかったが、そのフレーズの元ネタは、名探偵 金田一耕助の孫である少年が、祖父譲りの才能を発揮して、警察も お手上げの難事件を次々に解決していく漫画 及び その作品を原作とするドラマだった。 いわば、高名な名探偵の名を流用した二次創作作品である。 その二次創作作品の主人公の少年は、事件が起こるたび、“じっちゃんの名にかけて”必ず謎を解く宣言をし、実際に謎を解いてみせるらしい。 無論、殺人事件の出てくる漫画やドラマをナターシャに見せるわけにはいかないので、ナターシャは、“じっちゃん”が解決した幾つもの事件を知らず、彼の孫が活躍する作品にも接したことはない。 だが、どこかで そのフレーズを耳にして以来、その決めゼリフは すっかりナターシャのお気に入りになってしまったのである。 「パパとマーマの名にかけて、ナターシャは ご飯を全部 食べるヨ!」 「パパとマーマの名にかけて、ナターシャは ちゃんと歯をみがくヨ!」 「パパとマーマの名にかけて、ナターシャは一人で お片付けできるヨ!」 といった調子で、パパとマーマの名にかけて早起きし、パパとマーマの名にかけて いい子で おねむするまで、ナターシャは1日に10回は パパとマーマの名にかけて何かをしていた。 それだけなら、瞬も、ナターシャの決めゼリフを笑って聞いていられたのだが。 名探偵 金田一耕助が解決した事件は知らなくても、“じっちゃん”が難しい謎を解く名人だということは知っているナターシャは、最近は すっかり謎解き名探偵志願。 「ナターシャも何か難しい謎を解いてみたいヨー」 「マーマ。何かマーマにも解けない謎はナーイ?」 「パパとマーマの名にかけて! ナターシャが解いてあげるヨー!」 といった調子で、日に幾度も、何かにつけて、瞬に“謎”をねだるようになってしまったのである。 そんなナターシャを満足させるために、瞬は、 「氷河がピーマンを嫌いなのはどうしてかな?」 「氷河は好きなのに、パパは嫌いな果物は何か知ってる?」 等々の謎を提供していたのだが、 「ピーマンよりレタスが好きだからダヨ」 「ぱぱいやダヨ」 その程度の謎はナターシャには難問でも何でもないらしく、彼女は もっと難しい謎を解きたいと瞬にせがんでくる。 「いっそ、ナターシャのために探偵事務所でも開くか」 などと無責任なことを言って、ナターシャをその気にさせている氷河にも、瞬は困らされていた。 |