瞬が身辺に、不穏な空気を漂わせた怪しい人影を幾つも見掛けるようになったのは、それから まもなく。
彼等は、瞬に 自分たちの存在を気付かれていないつもりでいるらしいが、ただのマフィアが アテナの聖闘士の目から逃れられるわけはない。
瞬を監視(?)している人間は 常に複数いて、しかも 必ず別行動。
最初、瞬は、それを何らかの理由で瞬を見張っている上海マフィア、そのマフィアの動向を探っている日本の警察――という構図が描かれているのだろうと考えていた。
義理堅いチャイニーズ・マフィアも迷惑だが、それと同じくらい 日本の警察も迷惑だと思っていたのである。
病院で勤務中、ナターシャと公園で遊んでいる時、全く ほのぼのできない男たちの視線に さらされていることには、居心地の悪さしか感じない。
唯一の救いは、彼等の尾行と監視が非常に巧みで、正真正銘のカタギの人間たちは その存在に気付いていないことだけだった。

自分が思い描いている構図が 事実と全く違っていたことを 瞬が知ったのは、3000万ダイヤ事件から半月が経った頃。
瞬に“事実”を教えてくれたのは、今回も蘭子だった。
「福つかみの周が 瞬ちゃんに接触したことを、上海大熊猫幇と抗争している香港烏龍幇が知ったらしいのよ。瞬ちゃんは 大熊猫幇と何らかの取引を交わした医師と誤解されたみたい。それで、烏龍幇が瞬ちゃんの周辺を探り始め、大熊猫幇は 大ボスの孫の恩人を守るために、勝手に瞬ちゃんにボディガードをつけた」
「は?」
「それで、いつも瞬ちゃんの身辺に 怪しい男たちが何人も貼りつく事態になったみたい」
「……」

蘭子に その馬鹿げた事実を知らされた時、瞬は危うく、『アテナの聖闘士に、一般人のボディガードなんて!』と叫びそうになってしまったのである。
瞬が かろうじて そう叫ばずに済んだのは、
「瞬にボディガードをつけるくらいなら、俺のためにレスキュー隊でも派遣して、俺を瞬の尻の下から救い出してほしいものだ」
という、氷河のフォロー(?)のおかげだった。

「好きで 潜り込んでるくせに、なに言ってるの」
蘭子が、氷河の愚痴(?)に引っ掛かってくれたので、瞬は迂闊なことを言わずに済んだのである。
おかげで、瞬と氷河は、
「パパは マーマのお尻の下が好きナノー !? 」
というナターシャの質問への答えに苦慮することになったのだが、アテナの聖闘士が一般人を装い続けるためには、その程度の苦労は 日常生活の ささやかなスパイスにすぎなかっただろう。






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